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サンティアゴ調査(1)移動日 [Diary]

成田を19時に出発の飛行機に乗るために、山口の自宅を朝9時に出ました。
なんとも長い長い移動日の始まりです。

山口には国際空港がないので、これまでも関空や成田を利用してきました。
結構、関空が多かったと思います。
関空利用時は、前泊か後泊で、国立国際美術館の企画展の見学を入れたりします。

今回は、福岡から成田に直接飛ぶ便がとれなかったので、先ず羽田に飛んで、そこから京成線で成田へ。
山口→新山口→博多→福岡空港→羽田空港→成田空港→ダラス空港→アルトゥロ・メリノ・ベニテス空港(サンティアゴ)と、「→」の間は、ずっと座りっぱなしです。
今は、ダラス空港で乗り換え待ちをしています。

ダラス空港は、2006年のサンパウロ調査で来て以来。
旅券審査の部屋の窓部分に飾ってある写真が、ベアト・ストロイリっぽくって印象に残ります。
街頭で撮影された顔写真を大きく引き伸ばした作品は、この世界がさまざまな人種の人々で成り立っており、それぞれに尊厳があるという気持ちにさせてくれて、いい感じです。
ただし、そうした作品のある部屋で、私たちは顔写真を撮影され、両手の指紋を登録されて、データベース化されていくのが、痛烈な皮肉ですし、とても危うい均衡を感じさせます。
このような非人間的な米国の入国管理システムが、ストロイリ風の人間的な美術表現を要請しているのだ、とも感じます。

今回「ストロイリ風」としかここに紹介できない写真の本当の作者は、帰路便の機会に確認したいと思います。
ロビーで「アート・ガイド」というパンフレットを見つけたのですが、そこには説明されていませんでした。

入国検査場へ向かう長い下りエスカレーター正面の壁に展示されているのが、ラファエル・ソトだということは、キャプションを見ずとも確信をもって言えるのですが。

<09/11/24追記>
帰路便の入国審査時にキャプションを見てみたら、なんと「ラファエル・ソト」ではなく、トム・オール(Tom Orr, 1950- )というアメリカ合衆国の美術家でした。2台のエスカレータのそれぞれに《Untitled #1》(縦目の筋)、《Untitled #2》(横目の筋)が設置されています。制作年はどちらも2005年。いかにもラファエル・ソト風に目がちらちらする錯視効果を利用した作品です。「確信をもって」と書きながら、そんな確信が覆されそうな危険な感じもしていたのですが。確認の成果として、訂正情報を報告します。どうかお許しを。

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ダラス空港の入国検査場 2009年11月18日15時42分(シカゴ時制)(晴れ)

神戸ビエンナーレ2009調査(3) [Biennale]

今日も10時にメリケンパークへ。

昨日、30分待ちだった神戸ビエンナーレ大賞作品の戸島麻貴《beyond the sea》のコンテナに一番乗りしました。
15分くらいの映像作品で、床全面に投影するとともにコンテナの両壁面を合わせ鏡にして空間を広く見せていました。

58番から67番のコンテナ作品、AからSの市民園芸アート展を撮影したのち、文化庁メディア芸術祭受賞作品展の会場へ戻って、まだ見ていなかった分を見終えて会場を後にしました。

メディア芸術祭の展示では、アニメーション部門大賞作品の加藤久仁生《つみきのいえ》がやはりじーんとくる内容でした。
アカデミー賞の短編アニメーション賞受賞を紹介したニュースを介して部分的には目にしていましたが、今回、始めから終わりまで通して見ることができて、とてもよかったです。

元町の駅を越えて、鯉川筋に沿って北上するとCAP STUDIO Y3の入っている神戸市立海外移住と文化の交流センターに着きます。
4階のギャラリーではRyoko Kitanoさんの「-slight sight-」展が開催されていました。
複数の異なる電子メトロノームの「合奏」は、坂道を登って少しくたびれた体に、心地よく染み渡りました。
移住ミュージアムの方で開催されていた「ブラジルに根づく“NIPPON”」と題された写真展も面白かったです。
サンパウロ州モジ市の大鳥居は、4車線をまたぐやたらと横に長いつくりになっていて奇観でした。
普通の鳥居をダックスフンドみたいに横長にした状態を想像してもらうといいと思います。

再び坂を下って元町から阪神電車に乗り、岩屋駅へ。
15時半からの榎忠さんの祝砲発射イベントを見ました。
イベント開始の1時間前に知人と待ち合わせして、「関西文化の日」で無料となっていた常設展示から見ました。

火薬ではなく、アセチレンガスを使っているという点に感心しました。
真ん中の主砲から、両脇の少し小さめの副砲へと順次3台の祝砲に点火。腹に響く音。一番手前の副砲に火を噴いたときには、足下に風圧を感じました。
2007年に豊田市美で開催された2人展の図録だったか、あるいは同展の会場でヴィデオが上映されていたのを見たかで、祝砲イベントのイメージは頭の中にあったのですが、やはりそれと実際に体験するのとは大違いでした。
周りのお客さんのさまざまな反応も含めて、臨場感たっぷりの体験でした。

イベントがはけたあとは、18時の閉館までゆっくりと時間をかけて常設展示を見学。
横尾忠則のポスターの色彩に魅せられたり、金山平三の雪景色に感心したりと発見の多い鑑賞となりました。
中でもマイヨールの《コウベのディナ》は、どのような経緯で「コウベ」というタイトルがつけられたのか関心を持ちました。
ネットで検索をかけてみると、以下のサイトから、作品購入時にモデルのディナ・ヴエルニーが神戸へ来てこのように命名したことがわかりました。

小原二三夫の部屋/兵庫県立美術館の「美術の中のかたち」展(2007年10月22日)
http://www5c.biglobe.ne.jp/~obara/colum/colum44.html

このテキストのほとんどの部分は、帰りの新幹線と山口線の中で書きました。18:00過ぎに岩屋駅から阪神電車に乗って、三宮に戻って地下鉄に乗り換え、新神戸へ。新神戸18:42発の広島行きのぞみに乗って、19:58広島着。20:06発の博多行きに乗り換えて、新山口に20:37着。20:44発の山口線に乗り換えて、21:06山口着。
駅に隣接している駐輪場から自転車で自宅へ。21:20頃に帰り着きました。

3時間半ほどまえにはまだ神戸の美術館の展示室に居たことを思い返すと、なんだかあっという間な気がします。
電車の接続がとても良かったせいではありますが、神戸は、以前artscapeのブログに書いた「山口圏」内と考えたい気持ちになりました。

出先で夕飯を食べて、自宅に夜9時前に着くなら、まったく市内と同じ感覚です。
今回、夕飯の時間はとれなかったのですが、東京や群馬で暮らしていた頃のことを思えば、終電帰りが日常でしたから、「圏内」という気がします。

さまざまな関連イベントを見ることができて、とても充実した神戸ビエンナーレ調査となったと思います。

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榎忠 祝砲発射!!(神戸ビエンナーレ2009関連イベント) 2009年11月15日15時30分(晴れ)

神戸ビエンナーレ2009調査(2) [Biennale]

雨は、昨日の夜のうちに降ってしまって、今日は時折、暑いくらいの晴れ間もありました。

10時にメリケンパークへ。

土日はファンタジー号の運行時間も違っていて、10時発の便の出港を見送ることができました。
昨日の第一便と同じく、鎌田さんが、船の後で手を振っている姿を確認できて、とてもいい気分で一日が始められました。

メリケンパークは、船が出るメモリアルパーク側からも入れますが、コンテナの番号順で見るなら、反対の西側がスタート地点です。

今日は、1番から57番までのコンテナの展示を見ました。ただし、41番の神戸ビエンナーレ大賞作品は、すでに長蛇の列を成していて待ち時間が30分と表示されていたので、明日に回しました。

一番印象に残ったのは、50番「さくらの」さんの《変態願望》です。かがんだ姿の巨大な少女風の人形の両足の間をくぐって、脇の下からコンテナの奥へ進むと、砂の嵐状態のテレビが1台置いてあるという作品です。

タイトルも強烈ですが、ほとんど下着姿の人形のアニメ顔や、造形の適当ぶりに、頭の中をぐわんぐわん揺さぶられました。

15時過ぎに切り上げて、阪神電車で岩屋へ。16時からの兵庫県美のギャラリートークを聞きに行きました。
児玉靖枝さんは98年のVOCA展の出品作あたりから気になっていた絵描きさんでしたが、「身体の奥で感じる存在の気配」という言葉に、納得させられました。
県美では、かつてお世話になった学芸員の方々にご挨拶できたのも収穫でした。

17時にギャラリートークが終わると、急ぎ元町へ。メリケンパーク近くの特設会場で、18時開演のピープル・パープル「オレンジ」を見ました。
阪神淡路大震災をテーマにした演劇で、消防士たちのレスキュー隊の制服の色からオレンジというタイトルをつけているようです。前半は袋小路林檎さんの活躍で笑わされますが、後半は、どうにも泣かされます。
周りもみんな泣いていましたし、私も涙をこらえきれませんでした。

上演は90分のショート・ヴァージョンで、来年1月には東京で2時間半のフル・ヴァージョンを上演予定とのことでした。

野外公演なので、雨で流れなくて本当によかったと思います。19時出港の旅客船も最高のタイミングで汽笛を鳴らしていました。


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曇りとも晴れともつかないお天気のメリケンパーク(これくらのお日よりがちょうどいいとの関係者の声もありました) 2009年11月14日13時47分(曇りときどき晴れ)

神戸ビエンナーレ2009調査(1) [Biennale]

神戸ビエンナーレ2009は、10/3-11/23の会期で開催されています。

もう1ヶ月以上も前に開幕していたのですが、なかなか時間がとれず、やっと会場入りが果たせた、という感じです。

今日から3日間滞在して、会場写真の撮影や関連資料を集める予定です。
残念なことに、お天気は11/13=曇り・雨、14=雨・曇り、15=晴れ・曇りといった予報でした。
今日も雨の可能性がありましたが、どうやら夕方までもちました。


ビエンナーレの入場券は、2日間有効なので、今日のうちに神戸港と兵庫県立美術館の会場を見てしまって、メリケンパーク会場を土日に回すことにしました。

神戸港会場は、船で回ります。兵庫県美での展覧会と合わせて、今回の新しい試みです。
メリケンパーク会場の船着場は、神戸港震災メモリアルパークに隣接していて、被災時の状態で保存された波止場の一部を見ることができます。

船上は結構強烈な風で、カメラを構えるのもちょっと大変なくらいでした。

8人の日替わりで開催されている船上パフォーマンスは、行きは鎌田牧子さんの独演、帰りは鎌田さん、宮北裕美さん、きたまりさん3人のアンサンブルで、どちらも楽しめました。
予定表を見ると、最終の22日、23日は8人全員が出演する模様で、想像してみるに賑やかで楽しそうです。
いつか、記録写真で見たいと思います。


兵庫県立美術館では、招待作家展「LINK―しなやかな逸脱」が開催されています。
島袋道浩さんの《扉を開ける》が、なかなか楽しかったです。

明日と明後日は関連イベントが予定されています。

11/14(土) 16-17時
ギャラリー・トーク 児玉靖枝・善住芳枝・岸本吉弘

11/15(日) 15時半頃
榎忠 祝砲発射

図録もちょうど明日納品されるのだそうです。
会期後半の調査になってしまったけれども、結構それはそれでタイミングが良かった部分もあったな、と思いました。


三宮・元町商店街エリアのイベントはほとんど終わっていましたが、
唯一、神戸芸術工科大学の学生たちが、三宮センター街の店舗の中に、小さな油彩を展示している様子を見ることができました。

夕方には、少し足を伸ばして、新開地の神戸アートビレッジセンターで開催中の「drowning room」展を見てきました。地下一階のチケットブースに展示されていた、森本絵利さんの《percolation》は圧巻でした。
展覧会のちらしなどを、はさみを使ってどこまでも小さく切って貯めていました。その途中経過を、大きさごとに、色ごとに仕分けしている様が、美しくもあり、驚異的でした。頭の中の淡くにじんだ部分が一瞬で凝固したのちに粉々に砕けて、視界がすっきりする、そんな感じの体験でした。

作家資料を見ると、2004年にクリテリオムで森司さんが紹介されていました。さすがだなぁ、といつもながら感心ました。


同センターで12/12-18上映予定の「美代子阿佐ヶ谷気分」。これもいつか必ず見たいと思います。
学生の頃、あの近辺に住んでいたことが思い出されて懐かしい感じです。
今は福岡で上映中のようです。
http://miyoko-asagaya.com/


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海上アート鑑賞船ファンタジー号から撮影した榎忠《Liverty Island》 2009年11月13日14時11分(曇り)

イスタンブール調査(6)カーリエ美術館 [Diary]

最終日は、飛行機の出発までの時間で、カーリエ美術館、スルタンアフメト・ジャーミィ(ブルーモスク)、トプカプ宮殿を訪ねました。

19時45分発の大韓航空だったので、ホテルに荷物を取りに戻る時間と、空港までの夕方の道路の混み具合を大目に見積っても、15時までは見学時間に充てることができました。

カーリエ美術館は、当初見学を予定していませんでしたが、前日に購入したアヤソフィアのガイドブックに一緒に紹介されていたモザイク画の図版が良かったので、早起きしたり、荷造りやら朝食やらの時間を圧縮し、お土産選びの時間をす「空港回し」にして、追加しました。

ちょうどモザイク画については、帰りの飛行機で読み終えた和辻哲郎『イタリア古寺巡礼』にもラヴェンナのモザイク画についての紹介があります。

「金地の壁面は一面に単調な金色の面として見えるのではなく、見るものの位置のとりようによって、光ったり、陰になったりする。だから彎曲している壁面にいろいろな光がこもって戯れているような、生き生きとした感じを与えるのである。」(岩波文庫、229頁)

見事な解説で、写真で伝わらない感じをよく言い表しているように読みました。

今回のアヤソフィアとカーリエ美術館の訪問で、モザイク画が油彩画とはまるで違う原則で造形されている、ということが、遅まきながら、理解できた気がします。

ラヴェンナもサン・ヴィターレも、はるか20年以上も昔の学生時代に耳にした地名であり、聖堂の名前でしたが、遂に、実作と向き合うまで、その講義で語られていたことが理解できていなかった気がします。

当初より現代美術を専攻する心づもりたったので、先ず何より、ニューヨークや、ロンドン、パリのギャラリーを見たり、国際美術展を見ることが自分の優先課題だった、と思い直してみると同時に、長い時を隔てながらも、かつて耳から取り入れたものを捉え直す機会があったことに感謝したい気持ちになります。

今回の調査では、読みかけだった『イタリア古寺巡礼』と、最近アマゾン・コムから取り寄せた須賀敦子の『ヴェネツィアの宿』(文春文庫)の2冊をバッグに入れ、なんとしても前者を読み終え、『ヴェネツィアの宿』を読み始めたいと思って山口の自宅を出発しました。

その『ヴェネツィアの宿』に、こんな一節が出てきます。

「とうとうここまで歩いてきた。ふと、そんな言葉が自分のなかに生まれ、私は、あのアヴィニョンの噴水のほとりから、ヴェネツィアの広場までのはてしなく長い道を、ほこりにまみれて歩きつづけたジプシーのような自分のすがたが見えたように思った。」(15頁)

Cimabueの読み方も知らずにゼミで恥をかいたあの頃のまま、いまだに美術史の広大な海の表面を茫漠と漂っている気分にならないではありません。いやむしろ、有り難く漂泊していようとさえ思ったりするのです。

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カーリエ美術館、内ナルテクス円天井のモザイク画(聖母子) 2009年10月26日11時30分(曇り)

イスタンブール調査(5)アヤソフィアと考古学博物館 [Diary]

一昨日の土曜日で、夏時間が終わっていました。
アヤソフィアへ向かうトラムの中で、停車駅などを案内する電光掲示板に「8:30」と表示されているのを見て、さらに9時に開館するアヤソフィアがまだ開いていないのを見て、気がつきました。

なるほど。日曜日から変えれば、慣れやすいかも知れません。
いつもより、ちょっと寝坊しちゃえばいいのですから。

そういえば、ホテルの朝食も、いつもより1時間遅く行ったにもかかわらず、ぼちぼち用意を始める感じだったのでした。合点がいきました。
たまたま1時間遅く行ったのがちょうどよかったのです。

そんなわけで、アヤソフィアに着いた時点で、すごく得した気分でした。
旅先での1時間の儲けは大きいと思います。

昨日は、つくづく美術史を学んでいてよかった、と思いました。
周りを見ると多くの観光客が、「ここに来た記念」の写真を撮っています。
その写真を撮っている場所の頭上に、本当ならじっくり鑑賞すべき貴重なモザイク装飾があったりします。

アヤソフィアのモザイクはほとんど漆喰の下に塗り込められてしまっています。
しかし、2階のギャラリー部分などは、よく見ていくと部分的に剥がされて、その下にモザイクが見えている箇所があります。
それらのモザイク装飾の輝きを手掛かりに、金色の代わりに漆喰の上に塗られた黄土色や、その上に描かれた装飾模様のすべてがモザイクである姿を想像したとき、アヤソフィアは、より一層感動的でした。

考古学博物館では、ヘレニズム期のニンフのトルソや、ロードス島産の大理石で造られたトルソなど、眼福、と思えるものがありました。

ちょうど今、飛行機の中などで和辻哲郎の『イタリア古寺巡礼』を読んでいるのですが、そこに書かれていた、ギリシア彫刻の「鑿のあと」(岩波文庫、68頁)のようなものも確認することが出来ました。

帰りに、イスティクラール通りの書店ロビンソン・クルーソーでアヤソフィアと考古学博物館のガイドブックを買いました。
特に考古学博物館のガイドは図版も多くて、内容が良さそうです。

Alpay Pasinli, Isanbul Archaeological Museums (A Turizm Yayınları, 2001).

トラムヴァイのスルタンアフメット駅の近くにも本屋が2軒ほどあって、そのどちらでも赤い表紙の考古学博物館の所蔵作品を紹介する本が売っていましたが、私の見た感じでは、Alpay Pasinliの本の方が図版も情報量も多い気がします。

夕食は、イスタンブール最後の夜なので、ハシュ・アブドゥッラーでオスマンの伝統料理を。
羊の肉を煮た料理の3種盛り(31トルコリラ)。ナスで巻いたもの、いものペーストの上にのっけたもの、あともう1種はよくわからなかったけれど、甘い感じのペーストで包んでこんがり焼き目をつけたものの3種類で、どれも結構美味しかったです。

ハシュ・アブドゥッラーも『地球の歩き方』で紹介されています。
今回は、自力で見つけるのではなく、ガイドに載っている店を試してみることにしました。
帰国したあとで、どの店で食事したか、地図と写真と解説つきで見返せる点がいいと思います。
4日間試した中では、カフェ・イタリアーナが一番良かったと思います。
安くて美味しく、円高の分、お得感たっぷりでした。

トルコ料理は、もっと高級なお店を試してみれば、印象に残ったのかも知れません。

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考古学博物館 2009年10月25日12時30分(やや曇り)

イスタンブール調査(4)フェリキュイ・ルム・オクル [Biennale]

フェリキュイ・ルム・オクルは、2002年に閉鎖されたギリシャ人学校です。

この会場にも「教室/階級の部屋(Class Room)」があって、そこには、水を抜いたプールで「ツアラトストラはかく語りき」の冒頭を小学生の楽団が演奏するヴィデオと、過去のギリシャ人学校の様子を紹介する写真パネルが2枚展示されていました。
写真パネルには、
1901年設立
1925-26年 376人
1951-52年 246人
1961-62年 440人
1971-72年 176人
1981-82年  32人
と、学生数の推移が示されていました。
70年代以降の急激な減少は何を意味するのでしょうか。気になります。

一番印象に残った作品は、アヴィ・モグラビ(Avi Mograbi、イスラエル)の《Z32》です。
日本でも、山形国際ドキュメンタリー映画祭2009のインターナショナル・コンペティション(10/8-15)で、同作品が上映されたようです。

YIDFF: 2009: インターナショナル・コンペティション: Z32
http://www.yidff.jp/2009/ic/09ic15.html

2人のパレスチナ人を射殺した若い男性が、恋人とその経験を共有しようと対話を重ねます。

「20分ぐらいの出来事だった。全部で20分ぐらいしかかかっていない。そのあと迎えが来るまで7-8時間くらい待っていた。一緒にいた兵士とそのことについて話したのも最初の30分だけだった。」
「いつもこの話をすると、2人の距離を一層遠く感じて終わる」

1時間半くらいの映画で、いろいろと心に残る台詞の多い作品でした。イスラエルとパレスチナの政治情勢や抗争の歴史について声高に糾弾する作品や報道より、余程、身の丈で伝わってきて良いと思います。

この会場も映像作品が多かった印象でしたが、3時間半くらいで見終わりました。

少し早めに切り上げて、日曜日には休みとなるグランバザールへ出掛けました。
バザールに隣接している古本屋街を見るためです。
美術書を扱っている古本屋は数軒あったのですが、残念ながら、どこもビエンナーレの図録は置いてませんでした。店主たちの様子は、存在すら知らない、といった感じでした。
昨日、仏蘭西小路近くの古本屋では、第10回展のガイドブックを見つけていたので、結構期待していたのですが。

グランバザールは、少し歩いてみて、ほとんど自分に用のない印象だったので、すぐ引き返し、近くのエル・トリートというメキシコ料理屋(この店も『地球の歩き方』に載っています)で、遅いお昼兼夕食を取りました。

アヤソフィアからイラン総領事館方面へ足を伸ばし、イスタンブール県庁前の通りを歩くと、結構本屋がたくさん並んでいました。
さらにガラタ橋を渡り、ガラタ塔を目指して坂を上り、イスティクラール通りへ繋がるガリプデデ(Galipdede)通りにも結構雰囲気のいい本屋が並んでいます。そしてイスティクラール通りのロシア総領事館の並びにも、結構いい古本屋があるのですが、いずれもビエンナーレの過去の図録はありませんでした。

結局これといった成果もなく、相当の距離を歩き通してしまいましたが、関東を離れて以来、久しぶりの古本屋巡りを楽しみました。


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ガラタ橋の上からガラタ塔のある新市街を望む 2009年10月24日18時05分(快晴)

イスタンブール調査(3)テュテュン・デポス [Biennale]

ガイドブックによれば、イスタンブールの10-11月は、通常、だんだんと寒くなり、雨も多くなる季節のようですが、ここ数日、びっくりするぐらいの陽気です。昼はTシャツ1枚で十分なくらい。

2日目は、テュテュン・デポスへ行きました。
前日と同じように、タクスィム広場からイスティクラール通りを旧市街方面へ下ります。
仏蘭西小路に通じる道へと曲がる十字路を過ぎて(1923-1973という数字を台座にした公共彫刻がありました)、ロシア総領事館まで。今度はゆるやかな坂を登る感じでした。
総領事館の建物は、ヴェネツィア・ビエンナーレの主会場にあるロシア館と同じ様式で、色もクリーム・イエローでした。

総領事館を過ぎたところを左折して、急な坂をしばらく下りていくとT字路にぶつかり、右折するとすぐでした。
今日、これから行こうとしている3番目の会場、フェリキュイ・ルム・オクルも、タクスィム広場を基点とすると、歩けなくはない距離です。当初、公式サイトの地図を見たときは、随分、会場が散らばっているな、という印象でしたが、こちらに来て歩いてみると、滞在日程が3日間あれば、ちょうどいい感じの構成にも感じられます。テュテュン・デポスは、だいたい3時間で見終わりました。会場は2つの建物に分かれています。映像作品が多かったように思います。

一番印象に残ったのは、ジーヌス・タギザデー(Jinoos Taghizadeh、イラン)のヴィデオ作品《おやすみ(Good Night)》です。画面には、赤ちゃんの眠るゆりかごとそれをゆらす女性の手が映っているのみですが、美しい声で歌われる子守歌の歌詞は、政治的な告発となっていました。いつまでも聞いていたくなるような高く心地よい歌声と、歌詞の内容が伝えるイランの政治情勢。

イスタンブール・ビエンナルの展示作品は、非常に政治色の強いものが多いようです。
手前の建物の3階は「教室/階級の部屋(Class Room)」となっていて、アンケートが置いてありました。
5つの質問のうちの筆頭が、「このような事業は観衆にとって政治的な教唆となると思いますか?」です。
そして最後の質問は「代案はありますか?」です。
とても真摯な感じがしました。


テュテュン・デポスを見終えて、昨日場所を確認していたビエンナル事務局を尋ねました。
3年ほど前には、公式サイトで過去の図録を販売していたのですが、今は第8回展から第10回展までしか残っていないとのことでした。公式サイトでも「パブリケーション」の部分のリンクがたどれなくなっています。
第9回、10回展の図録等を購入し、第8回展の記録集を頂きました。
第8回展の図録は日本で入手していたので、最初、第9回と第10回分のみ買います、と申し出たのですが、領収書を書いてもらうなど、会計をするために事務所内のあちらこちらの部署を歩き回るうちに、本棚を見て「8+」という記録集が刊行されていることを知って、追加でこれも、と頼んだら、それは差し上げます、という感じになりました。なんだか得した気分です。もともと雰囲気としては、第9回と第10回分も、くれそうな感じだったのですが、さすがにそれは悪いので、お支払いします、と申し出たのでした。そして5階の美術展部門から2階の会計部門へ移動することになったのは、そうしたことのせいだったようですが。

一旦、ホテルへ戻って購入した図録等を置いたのち、再び今度は、イスタンブール近代美術館の見学へ出掛けました。
「新しい作品、新しい地平(New Works, New Horizons)」という20世紀トルコ近代美術展と、「作業領域(Working Area)」という内外の現代美術展、サルキスの「見所(Site)」、「天使堕ちたら(When Angel Fall)」という映像展の4つの展覧会を見ることができました。

Istanbul Museum of Modern Art
http://www.istanbulmodern.org/en/f_index.html

美術館を17時過ぎに出て、まだ時間があったので、再び旧市街へトラムに乗って出掛け、アヤソフィア、ブルーモスク周辺を散策しました。

夕ご飯は、カフェ・イタリアーナで、本日のスープとエビのリゾット。お腹にやさしいチョイスで。ここも『地球の歩き方』で紹介されているお店です。割と安くて、美味しかったです。


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アヤソフィア 2009年10月23日18時08分(快晴)

イスタンブール調査(2)アンテレポ・ユチュ [Biennale]

1日目は、イスタンブール近代美術館の隣にあるアンテレポ・ユチュへ行ってきました。

タクスィム広場から、イスティクラール通りを下って、仏蘭西小路に向かうように、さらに急な坂を下っていくとトラムヴァイ(路面電車)のトプハーネ駅に出られます。この間、広場から約20分くらいだったでしょうか。結構近いです。

坂を下る途中で、クルチュ・アリ・パシャ・ジャーミィの丸屋根とミナーレ(尖塔)が見えてきて、イスタンブールに来たなぁ、という実感が湧きました。

路面電車の通りを渡って、左手に曲がると、すぐ近くにヌスレティイェ・ジャーミィが見えます。この寺院を過ぎて右に曲がると、会場入口でした。


各会場は、10時から19時まで。月曜休館です。

10時過ぎに入って、17時過ぎまで居ました。
49作家の作品が展示されています。映像作品も1/3くらいあって結構全部見て回るのに、時間がかかりました。

最初の部屋に展示されているトレヴォル・パグレン(Trevor Paglen、米国)の《天の物体(イスタンブール)》(Celestial Objects (İstanbul) , 2009)は、偵察衛星の軌道に横切られた天体写真のシリーズです。静かなたたずまいながら、現代社会の問題点をしっかりと直視している感じがしてとても好感が持てました。イスタンブール大学の天文学部との共同企画、という点もいい感じがしまた。

会場は、平日だというのに、一般や小学生、中高生の団体客を連れたギャラリー・トークで賑わっていました。

チョ・ヘジュン&チョ・ドンファン(Haejun Jo & Donghwan Jo)の《驚くべき父―証言素描連作》(Amazing Father - Oral Statement Drawing Series, 2005)は、2008年の光州ビエンナーレでも展示されていました。しかしその時は、ざっと雰囲気を掴む程度にしか時間をかけていなかたので、今回は1枚1枚じっくり見てみました。

光州市民や美術家と軍や警察との対立に、とても考えられない、と目を疑うような場面もたくさんありましたが(ピカソは共産主義者である、という理由で、「ピカソ」と名前をつけた店の主人が連行された)、中には第二次大戦中の日本に関するものもあって、夕張市で強制労働させられていた韓国人が、片言の英語で「お陰で解放されました。あなた方に感謝します」と伝えたところ、「何言ってるかわからない」と米兵に返されたけれど、周りで見ていた日本人は、英語がわからなかったので、会話が成立しているのだろうと思っていた、という話は、なかなか考えさせられるもので、是非、日本で展示して欲しいと思いました。

帰りに図録を買いました。過去の回の分はないのか、と尋ねると、イスティクラール通りにある財団事務局を訪ねるように言われました。事務局の場所はすぐわかりました。大きな収穫です。

夕食は、『地球の歩き方』で紹介されていたハシュ・ババでラム・タンドールを頼みみました。まぁまぁの味でした。

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クルチュ・アリ・パシャ・ジャーミィ 2009年10月22日10時04分(晴れ)

イスタンブール調査(1)言葉の習得 [Biennale]

第11回イスタンブール・ビエンナルの調査で同地に来ています。

イスタンブール訪問は初めてで、今回は大韓航空を利用しました。
21日朝10時30分発の便で福岡空港から仁川へ。仁川から14時20分発の便でイスタンブールへ。
イスタンブール、アタテュルク空港へは19時過ぎに到着しました。
荷物が出てくるのを結構待って、20時発のハワシュ(空港バス)でタクスィム広場まで。
道が空いてたせいか、20時半頃には広場へ着きました。

途中、ライトアップされた城壁やジャーミィ(寺院)を見ることができました。


当地では、ヨーロッパ系の言語と随分違うので、言葉を覚えるのが大変です。

最初に、パスポート審査の前に覚えたのが、
さよなら、の意味にも使える「こんばんは」で、「イイアクシャムナル」。
「いい役者は村から出る」と覚えました。

次に、
ありがとう、ですが、結構難しくて、「テシェッキュレデリム」。
「手、謝々、キュウリ、デニム」
中国人が手を出して、トルコ人から胡瓜とジーンズを受けとっている場面を想像するのですが、なかなかすらすら出てきません。
広場の屋台でケスターネ・ケバブ(焼き栗)を買ったとき、使ってみました。

さて、朝のあいさつは、「ギュナイドゥン」です。
こっちの人は、朝から牛丼食べるんだけど、牛の乗っていない牛丼を食べる、と解釈して
「牛無い丼」と覚えました。
ホテルで朝食を取る際に使ってみました。

「ごちそうさま」は、「エリニゼサールック」。
のだめカンタビーレに出てくる「エリゼ」を「煮て」、さぁLOOK(見なさい)。

とにかく、こうでもしないと覚えられませんが、
この手で少しずつ習得していこうと思っています。


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夜のタクスィム広場 2009年10月21日21時43分(晴れ)