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    <title>山口大学美学・美術史研究室</title>
    <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/</link>
    <language>ja</language>

    <pubDate>Fri, 11 May 2012 16:50:47 +0900</pubDate>  
    <description><![CDATA[管理者の研究ノート／日々の雑記帖／山大美学・美術史研究室の学生・卒業生の情報交換のページ]]></description>
    
        <item>
      <title>針生一郎『文化革命の方へ』</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2012-05-11</link>
      <category>Book</category>
      <pubDate>Fri, 11 May 2012 16:50:47 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2012-05-11</guid>  
      <description><![CDATA[蔵書を整理していて、ビエンナーレ関係の評論を見つけました。<br />
<br />
<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/20120511.jpg" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_20120511.jpg" width="192" height="275" border="0" align="" alt="20120511.jpg" /></a><br />
針生一郎『文化革命の方へ』（朝日新聞社、1973年12月）<br />
<br />
関東に居た頃、古書店で買ったものです。<br />
<br />
2つの国際美術展に関する記事が再録されています。<br />
<br />
「ヴェネチアの死」pp.3-16.（初出：『朝日ジャーナル』1972年8月4日号）<br />
「流出する芸術―「ドクメンタV」の波紋」pp.47-76.（初出：『みづゑ』1972年12月号）<br />
<br />
このうち、2つ目の「ドクメンタ5」に関する記事が新鮮でした。<br />
<br />
ヴェネツィア・ビエンナーレについては、国際交流基金と毎日新聞社が1995年に出版した『ヴェネチア・ビエンナーレ―日本参加の40年』の巻末に、中島理壽氏が編纂された「ヴェネチア・ビエンナーレに関する文献目録」があります。国内で発表されたヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展のレヴュー記事については、1995年までのものならほぼ完全に把握できるのに対し、ドクメンタについてはそのような文献一覧が、管見の限り存在しないようです。<br />
<br />
針生氏と同時代を生きていた人々にとって、この記事の存在はリアルタイムに読まれたものなのでしょうが、そうでない人にとっては、国内で書かれたドクメンタのレヴュー記事について調査するなどの特別な目的意識によるか、こうした偶然がない限り、出会わない記事だったろうと思います。<br />
<br />
こうした一覧表を作らなければなりません。<br />
<br />
また針生氏が「第五回ドクメンタ全体の白眉といっていい作品だった」（p.63）と高く評価したエドワード・キーンホルツの《5台の自動車》は、ネットで調べてみると、つい昨年の9月から今年1月にかけて、ロサンゼルス郡立美術館で約40年の歳月を経て「米国初公開」されたようです。<br />
<br />
San Diego Yuyu: エドワード・キーンホルツ 展<br />
<a href="http://www.sandiegoyuyu.com/content/view/6109/282" target="_blank">http://www.sandiegoyuyu.com/content/view/6109/282</a><br />
<br />
NERO: Edward Kienholz - Five Car Stud 1969 - 1972 revisited (30 December 2011 )<br />
<a href="http://www.neromagazine.it/n/?p=6203" target="_blank">http://www.neromagazine.it/n/?p=6203</a><br />
<br />
「NERO」の解説によれば、40年間、日本の倉庫にあった（It was seen only in Germany in 1972 and has since remained in storage in Japan for almost forty years.）とのことで、なぜ、どこにあったのか、ちょっと気になります。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>熟議民主主義と市民化</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2012-03-09</link>
      <category>Biennale</category>
      <pubDate>Fri, 09 Mar 2012 17:20:46 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2012-03-09</guid>  
      <description><![CDATA[「熟議民主主義」という言葉を、私は『図書新聞』の3036号（2011年11月5日）で最初に知ったのではなかったかと思います。<br />
<br />
国際基督教大学教授の千葉眞氏による、川崎修著『「政治的なるもの」の行方』の書評で、同書に整理されているラディカル・デモクラシーの三類型のうちの一つとして、ハーバーマス、ベンハビブ、コーエンらの名とともに「熟議民主主義を重視し公共的討議とコミュニケーション的合意形成にコミットしてくタイプ」と紹介されています。<br />
<br />
この書評を読んでしばらくして、山脇直司氏の『グローカル公共哲学』（東京大学出版会、2008年）を読みました。同書では、アリストテレスのプロネーシスが「熟慮」としてアーレントとの関係で論じられ（14頁）、ハーバーマスの「討議 Diskurs」についても批判的に検討されています（18頁）。特に「熟議民主主義論ないし討議民主主義論の地平」と題された節（130-131頁）では、熟議民主主義について、エイミー・ガットやデニス・トンプソンの名前を挙げて「相互に尊敬の念を持って熟議し合い、反対意見や少数意見を尊重しつつ、結論を暫定的に受け入れる」あり方としてとまとめてありました。<br />
<br />
今同書を読み直してとても面白く感じるのは、この熟議民主主義論が「草の根の運動組織や種々の市民委員会など市民社会における」理論として展開されたもの、と紹介されている点です。<br />
<br />
<br />
今日の夜には、前橋の中央公民館で19時から、 群馬大学教育学部の准教授、喜多村徹雄さんの主催で、前橋夜話「前橋と美術と館―私たちが今求めているものは何か―」が開催されます。<br />
<br />
前橋の新しい市長、山本龍氏が美術館計画を見直す、と発言していることを受けての企画です。<br />
<br />
<br />
また、私自身もつい2日前、常盤公園の湖水ホールの会議室で開催された「UBEビエンナーレ（現代日本彫刻展）を考える会」に、山口大学教育学部教授の福田隆眞氏と一緒にアドバイザーの立場で参加してきたばかりです。<br />
<br />
同会は、公募で選ばれた宇部市在住の市民を中心とする委員会で、50周年を迎えたUBEビエンナーレの今後のあり方について市長に提言することになっています。<br />
<br />
<br />
「citizenization」という単語は英辞郎ではヒットしませんでしたが、東京大学名誉教授、清泉女子大学教授の庄司興吉氏が論文タイトルに使用されており、「市民化」の訳語が充てられています。<br />
<br />
市民化と「民営化」は違います。<br />
<br />
庄司興吉氏の論文では、一度市民化された社会が再び主権を剥奪されていく「脱市民化社会」に注意を喚起し、市民たちがあらためて主権を回復していく「再市民化」の必要性が訴えられています。<br />
<br />
前橋ならずとも各地で散見される、文化施設建設見直しが首長選挙の争点にされる状況はむしろこの「脱市民化」の一端であると言えるでしょう。<br />
<br />
<br />
美術館もビエンナーレも今後一層の市民化が必要であることは言を俟ちません。<br />
<br />
そしてそこには、熟議民主主義を理想として掲げ実現していく粘り強さが必要です。<br />
<br />
<br />
今夜の前橋夜話の盛会を祈念し、宇部の次回委員会（3/21）がさらに実り多い討論の場となることを願っています。<br />
<br />
（藤川哲）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>千葉市美・Bunkamura ザ・ミュージアム</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-12-28</link>
      <category>Art</category>
      <pubDate>Wed, 28 Dec 2011 12:35:29 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-12-28</guid>  
      <description><![CDATA[今年の年末年始は久しぶりに群馬で過ごしています。<br />
<br />
27日に山口を発って、東京に1泊。<br />
千葉市美術館で1/29まで開催中の「瀧口修造とマルセル・デュシャン」と、Bunkamura ザ・ミュージアムで3/14まで開催される「フェルメールからのラブレター展」を見学しました。<br />
<br />
「瀧口修造とマルセル・デュシャン」展では、デュシャン、瀧口修造、そして瀧口修造周辺の美術家たちの作品を見ることができました。<br />
<br />
オブジェとしての本の存在感にこだわった瀧口の展覧会らしく、白くて小ぶりな図録は両手に心地よく収まる素敵な仕上がりでした。<br />
<br />
2004年に国立国際美術館の中之島移転後の開館記念を飾った「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展、2005年に世田谷美術館 ほかで開催された「瀧口修造―夢の漂流物」展の内容を踏まえつつ、その後の研究成果を紹介するような内容でした。<br />
<br />
<br />
Bunkamuraの「フェルメールからのラブレター展」は、修復・洗浄後の世界初公開となった《手紙を読む青衣の女》（アムステルダム国立美術館、アムステルダム市寄託）のほか、ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵の《手紙を書く女》、ダブリンにあるアイルランド・ナショナル・ギャラリー所蔵の《手紙を書く女と召使い》の3点のフェルメール作品を目玉とする展覧会です。<br />
<br />
展示室を特別に作りこみ、照明にも気を使った展示で、9か月前にワシントンで見たばかりの《手紙を書く女》も格段に神々しく見えました。<br />
<br />
他方、修復と洗浄については、考えさせられるものがありました。<br />
<br />
私たちが目にしているものが「現代の技術に支えられた過去」に置き換えられつつあることを思うと、複雑な気分になります。<br />
<br />
引き続き考えてみたいと思いました。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>神戸・横浜調査（２）</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-10-24</link>
      <category>Biennale</category>
      <pubDate>Mon, 24 Oct 2011 19:09:33 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-10-24</guid>  
      <description><![CDATA[午前中は、「AOBA + ART2011」を見学し、午後は横浜美術館で開催された国際シンポジウム「美術館と国際展ーその可能性」を聴取しました。<br />
<br />
「AOBA + ART2011」は、ヨコハマトリエンナーレ2011の「連携プログラム」です。<br />
美しが丘3丁目の公園や個人宅を利用した野外美術展で、ちょうど最終日に間に合ったかたちになりました。<br />
2008年に開始され、10年間継続することを目標に取り組まれています。<br />
<br />
AOBA + ART2011<br />
<a href="http://www.aobaart.com/news/" target=_blank>http://www.aobaart.com/news/</a><br />
<br />
池田光宏さんの《青葉食堂》は、その日の夕飯のメニューを小さな黒板に書いて家の前に飾ってもらうプロジェクトで、それぞれに工夫を凝らしたイラスト付きのメニューに、住民の方々が楽しんで参加されている様子が感じられました。<br />
<br />
あるお宅で、たまたまお話しができ、最初8件から徐々に参加する家が増えていったということも伺いました。<br />
<br />
日曜日の午前中だったので、人々の生活の様子などもちらほらと目にすることとなり、郊外のニュータウンでの生活について思いをめぐらしたりしました。<br />
<br />
<br />
「美術館と国際展―その可能性」もヨコハマトリエンナーレ2011の事業です。<br />
ヨコハマトリエンナーレ2011　国際シンポジウム 横浜トリエンナーレは100年続くインフラを作れるか？「美術館と国際展―その可能性」<br />
<a href="http://www.yokohamatriennale.jp/news/4402.html" target=_blank>http://www.yokohamatriennale.jp/news/4402.html</a><br />
<br />
カーネギー・インターナショナルの歴史についてカーネギー美術館学芸員のダニエル・バイヤースさんが、台北バイエニアルの歴史について張芳薇（チャン・ファンウェイ）さんが紹介し、欧州と中東のビエンナーレ事情についてヨコハマトリエンナーレ2011アーティスティック･ディレクターの三木あき子さんが視察の報告をされたのち、休憩を挟んでリヨン・ビエンナーレについてリヨン現代美術館館長のティエリー・ラスパイユ氏の発言を記録したヴィデオが上映され、ヨコハマトリエンナーレ2011総合ディレクター逢坂恵理子さんの司会でパネルディスカッションが行われました。<br />
<br />
「横浜トリエンナーレは100年続くインフラを作れるか？」という問いかけが大変刺激的ですが、カーネギー・インターナショナルが1886年から続いていることを下敷きにしたものだと思われます。<br />
<br />
ダニエルさんのご発表は、同館の館長の交代を区切りとして、カーネギー・インターナショナルの歩みを紹介するものでとても要領の良い紹介になっていました。ディスカッションの終了後、参考資料を教えて欲しいとお願いしたところ、<br />
<br />
Vicky A. Clark, <em>International Encounters: The Carnegie International and Contemporary Art, 1896-1996</em>, (Carnegie Museum of Art, 1996).<br />
<br />
という本にこの日にスライドで紹介した図版なども載っているとのことでした。<br />
<br />
早速、美術図書館横断検索およびWebcatで国内の所蔵状況を調べて見ましたが、残念ながらヒットがなく、アマゾンで調べてみると古書で11,436円のものが1件だけ表示されました。<br />
<br />
米国のサイトAlibrisで12,623円、AbeBooksで$145.00。こんなときは円高が有り難く感じられますが、送料を加算した金額を円換算してみるとアマゾンより高くなる見込みなのでやめました。また、half.comで$107.96の表示もありましたが、サインアップは米国内の居住者に限られているようで断念し、結局最初に見たアマゾンのものを注文しました。<br />
<br />
カーネギー・インターナショナルについては図録を数冊集めていますが、まだ実際に見たことがないので次回の開催時には必ず見に行きたいと思っています。<br />
<br />
<br />
希望者には2010年10月2日に開催された「キックオフミーティング」の記録集も配布され、プレゼンやディスカッションの内容とも合わせて収穫の多い出張となりました。<br />
<br />
<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/20111023blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_20111023blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="20111023blog.JPG" /></a><br />
横浜美術館でのパネルディスカッションの様子　2011年10月23日15時45分（外は曇り）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>神戸・横浜調査（１）</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-10-23</link>
      <category>Biennale</category>
      <pubDate>Sun, 23 Oct 2011 09:04:00 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-10-23</guid>  
      <description><![CDATA[神戸ビエンナーレ2011を見学しました。<br />
<br />
神戸ビエンナーレは、2007年から数えて3回目。<br />
<br />
今回は、コンテナ・アート公募展の会場として過去2回主会場と位置づけられていたメリケンパークを使用せず、09年の前回から加わった「兵庫県立美術館」以外に、ハーバーランドの「ファミリオ会場」と「キャナルガーデン会場」、地元ではモトコーと略されている「元町高架下会場」、そして「ポーアイしおさい会場」（ポーアイは、ポートアイランドの略）と、会場編成が刷新されていました。<br />
<br />
この日は運悪く「雨」でしたが、「ファミリオ会場」、「キャナルガーデン会場」、「元町高架下会場」を見学することができ、それぞれ屋根があるのでその点で助かりました。<br />
<br />
観客にとっては天候に左右されず見学でき、また作品管理の観点からは濡れた傘の持ち込みを避けられるという意味で、ファミリオのように空きビルとなった商業施設を活用することには積極的な意味が多いと思いました。<br />
<br />
ファミリオは今年1月31日に残っていたほとんどの店舗が閉店し、1階および地下1階の一部以外（同施設は地下2階、地上5階建て）が閉鎖されていました。<br />
<br />
神戸新聞｜経済｜ファミリオのテナント大半が撤退 ハーバーランド<br />
<a href="http://www.kobe-np.jp/news/keizai/0003776008.shtml" target="_blank">http://www.kobe-np.jp/news/keizai/0003776008.shtml</a><br />
<br />
空きビルとなった商業施設のビエンナーレ会場としての転用は、2008年の釜山ビエンナーレに例があります。<br />
<br />
また、前橋に新しくできる市立美術館も近い発想と言えます。<br />
<br />
神戸ビエンナーレには、残りの全スペースをビエンナーレ会場として活用するくらい発展して欲しいとも感じました（今回使用しているのは、地下2階、2階、3階の合計3フロアでした）。<br />
<br />
東北関東大地震の被災者とのワークショップの様子を展示している会場では、「ふつうの生活にもどりたい」、「もっといろんなことを知って、よく考えていかなきゃと思いました。できることから頑張ります」、「アンパンマンのように強く、優しくありたい!! ゆっくりでいい 無くした物を取り戻そう」といったメッセージが心に染みました。<br />
<br />
<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/20111022blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_20111022blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="20111022blog.JPG" /></a><br />
ハンド・ツリー・アート・プロエクト会場風景　2011年10月22日14時1分（外は雨）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>東京・中之条・前橋・横浜出張（４）</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-10-03</link>
      <category>Art</category>
      <pubDate>Mon, 03 Oct 2011 19:20:36 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-10-03</guid>  
      <description><![CDATA[黄金町バザール2011を見学しました。<br />
<br />
2008年から毎年開催されており、今年が4回目になります。<br />
<br />
横浜トリエンナーレと同時期の開催は2008年の前回と2011年の今回で2回目。<br />
<br />
「やはりトリエンナーレと同じ年の方が盛り上がっています」というスタッフの声も聞かれました。<br />
<br />
<br />
八番館で展示されていた雨宮庸介さんの作品に添えられた文章が秀逸でした。<br />
<br />
「黄金町バザールとは何か」といった哲学的な問いに、一人の美術家の立場から真摯に向き合っている様子が伝わります。<br />
<br />
体液とカビの臭いがまざったような空気をなるべく吸い込まないように、呼吸が半分になる、といった自らの生理的な反応を客観的に見つめ直した文章に感服し、3.11以後の日本に生きている「現在」の自分にどんな表現が可能なのかという問いと重ねて、黄金町で表現することについて思索している様子に深く共感しました。<br />
<br />
“戦後すぐに建てられた進駐軍専用の連れ込み宿だった”という竜宮美術旅館内部の様子などはとてももの悲しく感じられます。<br />
<br />
しかしまた、同じ旅館の2階に展示されていた松澤有子《ひかりを仰ぐ》には、そうした哀しい歴史を浄化するような静けさと強さが感じられ、心打たれました。<br />
<br />
中之条ビエンナーレの会場を歩いていたときの気分とはまったく異なる、対極にあるといってもいいくらいの街歩きでした。ちょうど、サンティアゴ・デ・チリの中心部から離れた地区で、塗装が剥げて自動車の粉塵まみれになった商店の並ぶ前を歩いていたときの感覚と似ていました。日曜日だったこともあり、かなり多くの来場者で賑わっていましたが、そうした人々が行き交う目立つ場所に生ゴミが散乱してもいました。日本にも南米みたいな地域があった、という認識が胸を刺しました。<br />
<br />
黄金町バザールが街を再生し、新生させていく様子を引き続き見守りたいと思います。<br />
<br />
<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/111002blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_111002blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="111002blog.JPG" /></a><br />
竜宮美術旅館　2011年10月2日13時30分（晴れ）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>東京・中之条・前橋・横浜出張（３）</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-10-02</link>
      <category>Art</category>
      <pubDate>Sun, 02 Oct 2011 08:34:40 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-10-02</guid>  
      <description><![CDATA[臨江閣で今日（10/2）まで開催の「数寄者たち―琳派以後の方法2011―」を見学。<br />
<br />
今年から3年間、「社会システム＜芸術＞とその変容」（研究代表者：長田謙一・首都大学東京教授）の研究グループで、私が研究したいと考えている「グローカル・システム」についての研究調査の一環です。<br />
<br />
14時からは企画者の福田篤夫さんとトーク・イベントのパネリストも務めました。<br />
<br />
福田さんとは、約10年前に宇都宮のギャラリー・イン・ザ・ブルーでも一度対談形式で話をしたことがあったのですが（2001年5月5日）、今回のトーク終了後、2人で「お互い変わらないね」という一番いいかたちの感想を持つことが出来ました。<br />
<br />
この場合、10年経って「お互い変わらない」というのは、その10年間同じペースで倦まず弛まず変化してきたということだと私は思います。10年間というのは意外に大きくて、変わり続けていなかったとしたら、「（勢いのあった）あの頃と同じ人ではなくなったな」という感想にならないとも限りません。<br />
<br />
10年前にはかなり「刷新された」システムも、10年間墨守していたために魅力のないものになってしまった、という話題もイベントのあとに出ました。刷新し続けなければならないのですよ。。<br />
<br />
イベントには、高崎在住の岡本健彦さんご夫妻、前橋在住の白川昌生さん、前橋美術館準備室の辻さんも来てくださり、作家のお2人からはそれぞれコメントも頂戴できて、会場には「輪が広がっていく」空気感がありました。<br />
<br />
ご来場頂いたすべての皆さまにあらためて心より感謝申し上げます。<br />
<br />
本当に有り難うございました。<br />
<br />
ざっくばらんに、本音で、本質的な問題について話せる場というのは、なかなかうまく実現しないものです（山口のYICAの例会にはそれがありますが。私は今回、普通にそういう場が身近にあることの有り難みを深々と実感しました）。<br />
<br />
福田さんが、（いい意味で）周りと衝突しながら、摩擦を引き起こしながら、30年の長きにわたって、本音で語り、本心から楽しんで活動してきたことが、そうした場の創出の土台になっているのだとも思い至りました。<br />
<br />
福田さん、またやりましょう！<br />
<br />
<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/20111001blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_20111001blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="20111001blog.JPG" /></a><br />
「数寄者たち―琳派以後の方法2011―」会場（手前は高山登氏の作品）　2011年10月1日13時2分（晴れ）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>東京・中之条・前橋・横浜出張（２）</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-10-01</link>
      <category>Biennale</category>
      <pubDate>Sat, 01 Oct 2011 23:58:17 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-10-01</guid>  
      <description><![CDATA[江戸東京博物館を後にして、上野駅へ。<br />
<br />
駅構内の「まぐろ一代」さんで、もどり鰹など6カンほど食して、18時29分発通勤快速前橋行きに乗って、高崎で20時28分発の吾妻線へ乗り換え、21時28分中之条着で、山木屋旅館さんに泊まりました。<br />
<br />
入口ではからくり人形がお出迎え。夜はちょっとぎょっとします。<br />
山木屋旅館さんは当地で200年以上続いている老舗とのこと。<br />
<br />
旧式の自動販売機は、千円札を野口英世から夏目漱石に交換してもらっての購入に。<br />
なかなか楽しいお宿です。朝食もたっぷり。空心菜の甘辛煮が珍しかったかな。<br />
<br />
さて、中之条ビエンナーレの調査です。<br />
<br />
駅周辺のエリアは10時から13時まで約3時間でだいたい見て回れました。<br />
<br />
中田木材も旧廣盛酒造も、かなり見応えがありました。<br />
通運倉庫の小原典子《Lotus Land - Nakanojo》も素敵なインスタレーションだったと思います。<br />
ガイドブックの図版から受けるイメージとはいい意味で違っています。実作の方が格段にいいです。<br />
<br />
大道公民館に見たい作家の作品が展示されているので、タクシーを1時間半借り切って、約13km離れているという伊参エリアの北の端まで行きました。メーター払いだったらきっと心臓に悪かっただろうな、と思えるくらいいくつものカーヴを曲がり、坂道を登ったり降りたり、行けども行けども着かなかったのは、スリリングな体験でした。予想以上に遠く感じました。<br />
<br />
辿り着いた大道公民館では、お目当ての水野暁さんの絵のほかに、高田純嗣さんの迫力ある《Lycoris》、大石麻央さんのシュールな《最後の晩餐》、小山幸子さんの瞑想的な雰囲気のある《フィルター》など、はっとさせられる作品を多く見ることができ、とても満足できました。<br />
<br />
帰り道には水野さんからお薦め頂いた旧五反田学校も見学でき、全部の会場は回れずとも中之条ビエンナーレの雰囲気はしっかり掴めたのではないかと思えました。<br />
<br />
中田木材の会場で偶然にも高崎市美術館館長の巣山健さんとお会いすることができ、いろいろ貴重な情報を頂けたり、通運ビルで実行委員の前嶋さんとお話させて頂けたことも、今回の調査の内容を豊かにしてくれたと思います。好天にも恵まれて、感謝感謝の1日でした。<br />
<br />
夕方は前橋へ。<br />
ミニギャラリー千代田で開催されている連続レクチャー「美術をかたる」に参加させて頂き、館林美術館館長・染谷滋さんによる「金子英彦と群馬NOMOグループ」を聴講することができました。<br />
<br />
前橋市美術館構想の成功を願わずにはいられません。<br />
<br />
<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/20110930blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_20110930blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="20110930blog.JPG" /></a><br />
水野暁《Rebirth - 果樹について-》　2011年9月30日13時46分（晴れ）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>東京・中之条・前橋・横浜出張（１）</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-09-30</link>
      <category>Art</category>
      <pubDate>Fri, 30 Sep 2011 09:09:41 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-09-30</guid>  
      <description><![CDATA[久しぶりに、ビエンナーレの調査で出張です。<br />
この間、横浜トリエンナーレの内覧会、UBEビエンナーレの開幕式等もありましたが、出張中にブログを書く時間がなく、そのままになってしまっています（横浜は1泊、しかも翌日早朝に帰山でしたし、宇部は2日間参加しましたが、いずれも日帰りだったので）。いつか追加できるかも知れません。<br />
<br />
東京では、<br />
まず丸善で、後期の講読用テキストを選び（高階絵里加『異界の海』にしました）、赤坂見附へ行ってニューオータニ美術館で「北斎とリヴィエール」展を見、九段下へ移動してイタリア文化会館の「ジョルジョ・ヴァザーリのウフィツィ」を見学。茅場町で電車を降りてギャラリー・マキに行ってみましたが残念ながら「和田勉」展は金・土のみだったらしく、すぐに両国へ急いで「ヴェネツィア展」を見る、というスケジュールでした。<br />
<br />
「世界遺産 ヴェネツィア展」は、江戸東京博物館から、12月には名古屋市博物館、来年3月からは宮城県美術館、5月には愛媛県美術館、7月からは京都文化博物館、そして最後10月から広島県立美術館と1年以上をかけて国内を巡回する企画展ですが、カルパッチョの《二人の貴婦人》が展覧されるのは東京会場だけなのです。<br />
<br />
会場は平日の夕方だったためか思いの外空いていて、じっくり鑑賞できました。<br />
<br />
<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/20110929blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_20110929blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="20110929blog.JPG" /></a><br />
江戸東京博物館　2011年9月29日16時56分（晴れ）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>豊澤一『近世日本思想の基本型―定めと当為』</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-30</link>
      <category>Book</category>
      <pubDate>Thu, 30 Jun 2011 12:27:54 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-30</guid>  
      <description><![CDATA[<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/2011toyosawa_c.jpg" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_2011toyosawa_c.jpg" width="192" height="262" border="0" align="" alt="2011toyosawa_c.jpg" /></a><br />
豊澤一『近世日本思想の基本型―定めと当為』（ぺりかん社、2011年3月）<br />
今年3月で山口大学人文学部を退職された豊澤先生より頂戴いたしました。大変勉強になりました。有り難うございます。<br />
<br />
2002年4月に山口大学に赴任した私は、同年11月刊行の『山口大学哲学研究』第11巻に掲載された、豊澤先生の「研究ノート 山口の討論について（二）」を目にして以来、いつかこのようにまとめて読む機会のあることを、それと気づかず待っていたのかも知れません。<br />
<br />
一部分ではなく、その全体像を知りたい、という欲求が奥底にあったのだと思います。<br />
<br />
正にそうした欲求が満たされた思いが読後感です。思い返せば10年近く伏在していた関心の芽でした。そうした小さな芽にも、光があたり、水が与えられて、いくらばかりか葉の大きさを広げることができたことを幸せに感じています。<br />
<br />
本書は、二部構成になっています。第Ⅰ部では、「正直」や「天道」、「曲者」などの言葉に込められた意味を、近世の思想・用法に即して読み解くことで、現代の私たちの日本語感覚、さらには近代以降の日本人の価値観、社会観、人生観との違いを明らかにしています。また第Ⅱ部でも、「道」や「恕」、「帰太虚」、「信」などの読解が示されますが、各論文が最終的に究明しようとしているのは、近世における学問とはいかなるものだったのか、そしてそこから「学ぶとはどういうことか」という、近世・現代の別を超えた根源的な問いではなかったかと思います。<br />
<br />
初出一覧を見ると、各章を成している論文が書かれた年は、第Ⅱ部に収められているものが1980年代を中心としていて、やや古く（但し、第7章は2007年）、第Ⅰ部の論文が2000年代のものが中心（第1章は1999年の論文と2002年の研究ノートより成る）といった違いがあります。<br />
<br />
どのような構想のもとで2部に分けられたのか、各部に先行する「序」を置かない本書については、例えば上述のように、各自で読み解くことが期待されているのだろうと思います。<br />
<br />
副題の「定めと当為」についても、著作の奥底に潜り込んで考えるよう促されているように思われます。<br />
<br />
さしあたって今、私が理解しているのは、おそらく「定め」は、第Ⅰ部第3章で語られている「天道」をその一例とするもので、日本近世全般にわたるより広い概念として「定め」と言い換えられているのだと推測します。<br />
<br />
武田信玄と勝頼一族の消長を記録した『甲陽軍鑑』を基に読み解かれる「天道」は、人間を超えたものであり、人々に「果報」や「貧報」を付与するものとして紹介されています（73頁）。この章では、天道のめぐみは公平でもなく、また永続的なものでもない、という意識に裏打ちされた思想が読み解かれています。<br />
<br />
「当為」については、具体的に言及している箇所が見つかります。「伊藤仁斎の『道』」と題された第Ⅱ部第2章で、「一見奇妙に思われるのは、『道』に『当に行くべき』当為性を認めながら、しかもまた、『自然にして然り』と述べる点である。…（中略）…仁斎の『道』が意志的に行うべき何らかの当為性を帯びていることは明かである。」（141頁）　この章では、人間存在に先行する「人道」や、仁斎の思想全体を支えている「天命」について語られています。<br />
<br />
そして、有限な存在としての人間が、無窮の存在である道に近づくための手段として学問が要請される、という道理が示されます（151頁）。<br />
<br />
このように振り返ってみると、副題の「定めと当為」は、「学問」を生き方それ自体として切実に要請する近世の思想的要件を表わしていると考えられます。<br />
<br />
近世日本思想史について門外漢である私の読みですから、以上はまだ通り一遍のもので、これからさらにしばらくの時間をかけて、少しずつ本書の内容について納得していきたいと思っています。<br />
<br />
本書を読んでいる間、豊澤先生の授業風景を思い浮かべつつ、楽しい時間を過ごしました。<br />
<br />
そうした時間と、これからの課題とに、今一度心からの感謝を申し上げます。有り難うございました。<br />
<br />
（藤川哲）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>白川昌生『西洋美術史を解体する』</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-23</link>
      <category>Book</category>
      <pubDate>Thu, 23 Jun 2011 15:37:20 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-23</guid>  
      <description><![CDATA[<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/2011shirakawa_cs.jpg" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_2011shirakawa_cs.jpg" width="187" height="262" border="0" align="" alt="2011shirakawa_cs.jpg" /></a><br />
白川昌生『西洋美術史を解体する』（水声社、2011年）<br />
著者からご恵送いただきました。白川先生、有難うございます。<br />
<br />
「あとがき」に、著者の5冊目の本になると紹介されています。<br />
確認も兼ねて出版年順に列記すると、<br />
<br />
1. 白川昌生『美術、市場、地域通貨をめぐって』（水声社、2001年）<br />
2. 白川昌生『美術・マイノリティ・実践―もうひとつの公共圏を求めて』（水声社、2005年）<br />
3. 白川昌生『美術・記憶・生』（水声社、2007年）<br />
4. 白川昌生『美術館・動物園・精神科施設』（水声社、2010年）<br />
5. 白川昌生『西洋美術史を解体する』（水声社、2011年）<br />
<br />
ほかに、編著で<br />
6. 白川昌生（編著）『日本のダダ―1920‐1970』（書肆風の薔薇、1988年、増補版：水声社、2005年）<br />
<br />
また、共著に、<br />
7. マルク・ダシーほか『村山知義とクルト・シュヴィッタース』（水声社、2005年）<br />
8. 松浦寿夫ほか『フィールド・キャラバン計画へ―白川昌生2000‐2007』（水声社、2007年）<br />
<br />
があります。<br />
<br />
こうして確認してみると、21世紀に入って以降、白川さんが大変旺盛な執筆活動を続けていらっしゃることがわかります。<br />
<br />
上記のうち、私は学生時代に『日本のダダ』を書店で見つけて自分の書棚に並べ、大学へ職を転じる頃『美術、市場、地域通貨をめぐって』を買って読み、そして約10年ぶりにこの新刊を読む機会に恵まれた、という流れで白川さんの著作を読んできました。<br />
<br />
前橋を拠点に活動されている白川さんは、私が群馬県立近代美術館の学芸員として務めていた頃、展覧会を見たり、お話を伺ったりした美術家です。<br />
<br />
今年2月に、群馬県立近代美術館の岡本健彦展の会場で再会したご縁で、今回最新の著作をお送りくださったのでしょう。どうも有り難うございます。<br />
<br />
今、1冊目の著作も手元に持ってきてみて、読み終えたばかりの最新刊と並べて見ていますが、その間の10年間の思索の軌跡を思わずにはいられません。<br />
<br />
本来なら、ほかの3冊も読んでこの記事を書くべきだったかも知れません。しかしそうした考えを押し進めれば、上に挙げたすべての著作に目を通してから、ということにもなる訳で、今日のところは第1著作と最新刊を読んだ上での感想、という立ち位置から書きたいと思います（いつか他の著作も読む機会があることを念じて）。<br />
<br />
第1著作『美術、市場、地域通貨をめぐって』の読後感は、白川さんが現代美術家として、これからどこに向かわれているのか、という展望と、白川さんの美術観の背景を成している他の思想家、評論家等の著作群を知ることができて良かった、といったものでした。<br />
<br />
現在ある美術市場とは別のかたちで、現代美術が成立する場を作り出して行こうとされている白川さんが、当時各地で実践されていた「地域通貨」の考え方に関心を寄せ、またご自身の活動に組込まれていることを読み取ることができましたし、この著作には註がありませんが、冒頭に引用されるフィッツジェラルドの『ギャラリーゲーム』に始まり、ブルデュー、マックス・ウェーバー、モース、バタイユ、レヴィ＝ストロース、ベンヤミンなどの海外の著述家のほかに、若林直樹や高階秀爾の名前を文中に見つけることができます（無論、ほかにもまだまだたくさん登場します）。<br />
<br />
これらの著述家のうち、最新刊でもバタイユ、モース、ベンヤミン、ブリュデューが再登場し、日本人では高階秀爾の著作からの引用が紹介されています。<br />
<br />
ただし、第1著作では高階秀爾の著作は典拠として用いられていたのに対し（42-43頁）、最新刊では、引用部分を批判的に読み解いて、現在では乗り越えられるべき見解として紹介されている点が異なっています（128頁）。<br />
<br />
また、白川さんの第1著作で紹介されている若林直樹の著作は『退屈な美術史をやめるための長い長い人類の歴史』（1999年）で、今回の著作『西洋美術史を解体する』と同じ主題を響かせていると感じられます。<br />
<br />
これもまた「あとがき」からですが、今回の著作は、「学生たちから何か教科書になるような本がないだろうかという相談をうけたこと」から始まったと説明されています。<br />
<br />
私は、第1著作以来、あるいは同書が刊行される以前から、白川さんが学生たちに語り続けてきたことが、ひとつのかたちを成したものだと今回の著作を受け止めました。<br />
<br />
それは、端的に言うなら、「世の中で学ばれている美術史とは異なる美術史、現代社会に生きている私たち（日本人、あるいは非欧米圏の人間）がリアルに感じることのできる美術史」ではないか、と思います。<br />
<br />
フィリップ・フックの『印象派はこうして世界を征服した』から引用された、中東のある国の首長がモネの作品を買うくだりは、グローバルな現代における「美術」をめぐるリアリティを示す好例だと思います（98-100頁）。<br />
<br />
若林さんの著作に先行して、1994年に富山妙子ほか著『美術史を解き放つ』が時事通信社から刊行されています。これも解体（≒解き放つ）を主題とした本です。<br />
<br />
白川さんの最新刊『西洋美術史を解体する』は、日本で10年以上の歳月をかけて求められてきた「よりリアルな美術史」が、その新たな段階として、「学生向けの教科書」として書かれた道標的な著作であると思います。<br />
<br />
（藤川哲）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>ローマ・ヴェネツィア調査（11）サン・セルヴォーロ島と残りの各国館と企画展</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-12</link>
      <category>Biennale</category>
      <pubDate>Sun, 12 Jun 2011 22:41:08 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-12</guid>  
      <description><![CDATA[ヴェネツィア・ビエンナーレ第54回国際美術展調査の最終日です。<br />
<br />
この日調査した市内の展示は19。国別展示を中心に回りました。<br />
<br />
まわった順に番号をつけて記載しておきます。<br />
<br />
01. ローマ館「参考人招致（Call the Witness）」<br />
02. キューバ館「わが愛しきキューバ（Cuba mon amour）」<br />
03. シリア館「発展（Evoluzioni）」<br />
04. アンドラ館「幻影を超えて（Beyond Vision）」<br />
05. ポルトガル館「舞台装置（Scenario）」<br />
06. サン・マリノ館「作動＝中の／不能の光（Luce In-azione）」<br />
07. 春徳（チュン＝テ）の盛宴「（Le Festin de Chun-Te）」<br />
08. ブルガリア館「世代の絆（Bond of Generation）」<br />
09. ルーマニア「ルーマニア文化の解決―資料展示（Romanian Cultural Resolution - documentary）」<br />
10. ヤン・ファーブル「ピエタ」<br />
11. バルディンガー「ティント・コル・レット（ティントレット／正確な着色）」（Baldinger：TintoCORretto）<br />
12. チベット館<br />
13. ラトヴィア館「人工的な静けさ（現代の風景）」（Artificial Peace (Contemporary Landscape)）<br />
14.「開かれた美術―色彩の交響（Artouverture - Symphonie de couleurs）」<br />
15. マケドニア館「跳躍（LEAP）」<br />
16. グルジア館「あらゆる＝媒体＝何であろうと（Any-Medium-Whatever）」<br />
17. カーラ・ブラック（Karla Black）<br />
18. メンロン「暗闇」（Menglong-Darkness）<br />
19. リトアニア館「白いカーテンの背後（Behind the White Curtain）」<br />
<br />
10から12と14は、正式なビエンナーレ参加企画ではありません。<br />
<br />
しかし、10のヤン・ファーブルの展示は2007年、09年、11年とこれまでに3回連続してビエンナーレの期間に開催されてきており、すでにビエンナーレ恒例の展示になってきた気がします。<br />
<br />
最後にたどり着いたリトアニア館は、審査委員特別賞に類するものが与えられた展示です。<br />
<br />
ダリウス・ミクシュス（Darius Mikšys）によるプロジェクトで、観客はカーテンの後ろに保管してある作品から好きなものを選んで、カーテンの手前、つまり展示の側に運んできてもらうことができます。作品は何点選んでもよく、自分の思いのままの展覧会を構成することが可能です。<br />
<br />
これらの作品は20年間にわたってリトアニア政府が助成した現代美術家300人の中から同プロジェクトに賛同した作家のうち、借用可能だった作品群173点で、会場には400頁を超える分厚いカタログが置いてあり、観客がそれを見て作品を選ぶという趣向になっています。<br />
<br />
国家が文化政策を通じて「キュレーション」してきた現代美術を再構成してみる、という考え方は、ヴェネツィア・ビエンナーレの国別参加部門の展示としていかにもふさわしく思えました。<br />
<br />
毎日展示が変化するため、1日に数回展示の様子を記録撮影しているとのことで、会期終了後にどのような記録集が刊行されることになるのか、今から楽しみです。<br />
<br />
総じて、今回ビエンナーレの審査委員会が発表した賞は、どれも納得感のある作品や展示が多かったように思われます。<br />
<br />
ヴェネツィア・ビエンナーレ第54回国際美術展の現地レポート（最後の2回分は、ホテルのネット環境がダウンしたり帰国前日であっため帰国後に公開）は、これで終わりますが、機会があれば、また後日、記者資料や展覧会図録をじっくり読み込んで、1つずつレポートしたいと思います。<br />
<br />
<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/110611blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_110611blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="110611blog.JPG" /></a><br />
リトアニア館「白いカーテンの背後」（スクオーラ・サン・パスクワーレ）　2011年6月11日17時38分（雨のち晴れ）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>ローマ・ヴェネツィア調査（10）ドルソドゥーロとアカデミア橋周辺の各国館と企画展</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-11</link>
      <category>Biennale</category>
      <pubDate>Sat, 11 Jun 2011 20:44:32 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-11</guid>  
      <description><![CDATA[ヴェネツィア・ビエンナーレ第54回国際美術展調査の8日目です。<br />
<br />
一昨日から市内の各国館と併催展を回っています。この日は21の展示を回ることができました。<br />
<br />
まわった順に番号をつけて記載しておきます。<br />
<br />
01. 南アフリカ共和国館「欲望（desire）」<br />
02. コスタリカ館「驚愕（Stupore）」<br />
03. イラク館「傷ついた水（Wounded Water）」<br />
04. 「第三王国（Third Realm）」<br />
05. バングラデシュ館「寓話（Parables）」<br />
06. ティム・デイヴィス（Tim Davies）展<br />
07. 塩田千春「本の記憶」（Chiharu Shiota: Memory of Books）<br />
08. 「知識（The Knowledge）」展<br />
09. 「繁殖力の強い外来種たち（Invasive Alien Species）」展<br />
10. フラヴィオ・ルッキーニ「女性が欲しいものは何か（？）」（Flavio Lucchini: What Women Want(?)）<br />
11. アイルランド館「コーバン・ウォーカー（Corban Walker）」展<br />
12. ジンバブエ館「私たち自身を見つめること（Seeing Ourselves）」<br />
13. アントン・ギンズバーグ「北風の背後で」（Anton Ginzburg: At the Back of the North Wind）<br />
14. 台北市立美術館「先頭者と非先頭者―台湾音景色（The Head & Unhead - Soundscape Taiwan）」<br />
15. シンガポール館／ホ・ツ・ニェン「知らざることの雲（Ho Tzu Nyen: The Cloud of Unknowing）」<br />
16. メキシコ館／メラニー・スミス「赤い広場、不可能のピンク（Melanie Smith: Red Square, Impossible Pink）」<br />
17. モルドヴァ館「私の周りの世界（The World around Me）」<br />
18. ステファノ・カゴル「会議」（Stefano Cagol: Concilio）<br />
19. ウクライナ館（サン・ファンティン教会 Chiesa di San Fantin）／オクサナ・マス「ルネサンス以後対以前（Oksana Mas: Post-vs-Proto Renaissance）」<br />
20. アゼルバイジャン館「関係性の、バクとの（Relational, of Baku）」<br />
21. ウクライナ館（サン・スタエ広場 Campo San Stae）／オクサナ・マス「ルネサンス以後対以前」<br />
<br />
最も印象的だったのは、オクサナ・マス「ルネサンス以後対以前」。ヤン・ファン・エイク兄弟の《ゲントの祭壇画》からキリストやマリアの顔、翼画のアダムやエヴァの体の一部などを、さまざまな絵が描かれた無数の卵をモザイク画のように組み合わせて巨大なパネルに再現しています。<br />
<br />
サン・スタエ広場に設置された作品は、大運河を往来する水上バスからも見えていましたが、サン・ファンティン教会内に設置された5点の作品の迫力は圧倒的でした。教会での展示では、卵の絵までは見えないので、その後サン・スタエ広場の作品を見に行って、それぞれの卵に描かれた絵を1つ1つ楽しみました。<br />
<br />
また、南アフリカ共和国、ジンバブエなどアフリカの美術家たちの作品も力強いものでした。<br />
<br />
ティム・デイヴィスの展覧会では、6点の作品のうち最後の方に展示してある2点がヴェネツィアに関した映像で、ゴンドラかボートに乗ってゆっくりと進む船から運河の水面に手の平を遊ばせる作品と、鐘楼を登っていくコマ撮り風の映像に鐘の音を合わせた作品で、どちらもヴェネツィアの雰囲気をうまく表現しているように思えて、好感を持ちました。<br />
<br />
<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/110610blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_110610blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="110610blog.JPG" /></a><br />
ウクライナ館（サン・ファンティン教会）／オクサナ・マス「ルネサンス以後対以前」　2011年6月10日17時7分（晴れ）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>ローマ・ヴェネツィア調査（９）ドルソドゥーロとサン・マルコ地区の各国館と企画展</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-10</link>
      <category>Biennale</category>
      <pubDate>Fri, 10 Jun 2011 15:52:34 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-10</guid>  
      <description><![CDATA[ヴェネツィア・ビエンナーレ第54回国際美術展調査の7日目です。<br />
<br />
昨日に続いて市内の各国館と併催展を回っています。この日は19の展示を回ることができました。<br />
<br />
アートアップデイト・コムの地図に場所が示されていても、6/4の開幕イベントのみ行われたことが確認できた会場（ノルウェイ館／IUAV大学）や、住所の番地まではたどり着いてもなぜそこで展覧会が開催されていないのかわからなかった会場（モルドヴァ：ドルソドゥーロ1097など）もありました。<br />
<br />
まわった順に番号をつけて記載しておきます。<br />
<br />
xx. ノルウェイ館（IUAV大学）<br />
xx. RHODIO - Hats off for Venice（Campo Anzolo Raffael）<br />
01. アナスターシア・コロスィローヴァ「過去のニュース」（Anastasia Khoroshilova: Starie Novosti(Old News)）<br />
02. アイスランド館「再構築中（Under Deconstruction）」<br />
03. アルメニア館「手引書―新しい普遍性におけるいくつかの主題（Manuals - Subjects of New Universality）」<br />
04. アートスウェイズ・ニュー・フォレスト館　　※イギリスで活躍する美術家のグループ展<br />
05. レヒ・マジュースキー「ブリューゲル・スイート」（Lech Majewski: Bruegel Suite）<br />
06. 「ネオルディカ―美術はゲームだ2011-1966」（Neoludica - Art is a Game 2011-1966）<br />
xx. ドミトリ・プリゴフ（Dmitri Prigov）　　※展示の不具合を復旧中で見られず<br />
07. バリー・Ｘ・ボール「肖像と傑作」（Barry X Ball: Portraits and Masterpieces）<br />
08. ポリー・モーガン「埋葬」（Polly Morgan: Burials）<br />
09. ニュージーランド館「チャップマンのホメロスの初見について（On First Looking into Chapman's Homer）」<br />
xx. ノルウェイ館　　※地図の表示はパラッツォ・コンタリーニ<br />
10. 「ヴェネツィアの中のヴェネツィア（Venice in Venice）」<br />
11. 「破裂的文化（Cracked Culture）」<br />
xx. モルドヴァ館<br />
12. ルクセンブルグ館「閉じた円（Le Cercle Fermé）」<br />
13. スロヴェニア館「熱い感情のための暖房機（Heaters for Hot Feeling）」<br />
14. モンテネグロ館「冷蔵庫工場と清水（The Fridge Factory and Clear Waters）」<br />
15. エストニア館「女にはほとんど場所がない（A Woman Tekes Little Space）」<br />
16. グレイザー＆クンツ「浮浪者」（Glaser/Kunz: Homeless）<br />
17. キプロス館「一時的（Temporal）」<br />
18. イラン館<br />
19. 中央アジア館「共通言語（Lingua Franca）」<br />
<br />
最も印象的だったのは、バリー・Ｘ・ボール「肖像と傑作」展です。カ・レッツォニーコ美術館の入場料を8ユーロ別に払わなければなりませんが（ほかの市内展示は無料です）、カナレットやピエトロ・ロンギらの作品の展示された各部屋に、ボールの彫刻が展示されている様子は雰囲気が良く、素敵な展示になっていました。<br />
<br />
館内撮影禁止のため、入り口の展示のみの撮影となりましたが、フロアプランに作品写真の示されたパンフレットが配布されていて、展示の様子を頭の中で想起する助けになります。<br />
<br />
また、地図には記されていませんが、キプロスとイランの展示が行われている建物の1階に展示されていたグレイザー＆クンツ「浮浪者」は、目にした瞬間どきりとした作品でした。プロジェクターで顔の映像を映写する点でトニー・アウスラーと同じ手法ですが、アウスラーの作品がてるてる坊主の顔のようにのっぺりとした立体に投影されて顔の各要素が歪曲されるのに対し、グレイザー＆クンツの作品では、マネキンのように顔の形が再現的な立体の上に投影されていて、光を放っているリアルな顔のイメージが目に飛び込んできます。<br />
<br />
あわただしくも、できる限り丁寧に作品を見て回る中、モンテネグロ館で見たアブラモヴィッチの映像で、アブラモヴィッチ自身語っていた「生活が短く、短く、さらに短くなっていくから、美術は長く、長く、より長くならなければならない」という言葉がいつまでも心の深いところでこだましていました。<br />
<br />
<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/110609blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_110609blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="110609blog.JPG" /></a><br />
バリー・Ｘ・ボール「肖像と傑作」展（カ・レッツォニーコ）　2011年6月9日12時40分（曇り時々晴れまたは少し雨）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>ローマ・ヴェネツィア調査（８）ジュデッカ、サン・ジョルジョ・マッジョーレ、テティスの各国館と企画展</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-09</link>
      <category>Biennale</category>
      <pubDate>Thu, 09 Jun 2011 15:08:03 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-09</guid>  
      <description><![CDATA[ヴェネツィア・ビエンナーレ第54回国際美術展調査の第6日目。<br />
<br />
主会場の調査に5日間もかかったのは、イタリア館が統一150周年で200点近い作品展示になっていたためと、今回作品キャプションも撮影していることで全体的にこれまで以上に時間がかかっているのだと思います。<br />
<br />
動画とその関連ファイルも含みますが、各日のフォルダ内の撮影写真を中心としたファイルの数は、6月8日が1,156個、7日が971個、6日が977個、5日が761個、4日が912個、3日が1,201個でこれまでの合計が5,978。平均1,000枚弱の写真・動画を撮影していることになります。<br />
<br />
主会場の調査を終えて市内の各国館と併催展の調査に入り、残すところ実質4日となって、いよいよ大詰めです。また同時に帰り支度もしなければならず、ますは朝から郵便局へ行って小包の箱を買ってきました。部屋に山積みになりつつある図録を船便で送るためです。箱だけ買っておいて箱詰めは夜にまわし、この日はホテルの前のグリエ（Guglie）駅から41番線に乗って、ジュデッカ島のパランカ（Palanca）駅で水上バスを降りました。<br />
<br />
最初に「敵がいなくて寂しい（I Miss My Enemies）」展、アルバニア館を見て、2番線でサン・ジョルジョ・マッジョーレ島に渡ってアニッシュ・カプーアの「上昇（Ascension）」展、150周年関連企画の「現実のヴェネツィア（Real Venice）」展、それから再びジュデッカへ戻ってジッテレ（Zittelle）駅を降りてすぐの「モダーニコン（近代／イコン Modernicon）」展を見て41番線に乗ってバチーニ（Bacini）駅で降り、150周年関連企画の「詩の状況（Lo stato poetico）」展、ビヴァリー・ペッパー（Beverly Pepper）の野外彫刻展示、「24時間体制（Round the Clock）」展、マルコ・スノウ（Marco Snow）の「煉獄ホテル（Hotel Limbo）」、ベラルーシ（白ロシア）館、「エントロピーを打ち負かす千の方法から（Out of a Thousand Ways to Defeat Entropy）」展、フェデリコ・ディアス（Federico Díaz）の「それ自体外側の（Outside Itself）」展、150周年関連企画の「アカデミー館」、そして最後にレナート・メネゲッティ（Renato Meneghetti）「皮膚の下（Sottopelle）」展という順に、14の展示を見ました。<br />
<br />
いずれにもコメントを書きたいところですが、長くなるのでサン・ジョルジョ・マッジョーレ島の「上昇」展と「現実のヴェネツィア」展の2つに絞って書いておきます。<br />
<br />
「上昇」展の会場で配布されていた大判のパンフレットにはサン・ジミニャーノ（2003年）、リオ・デ・ジャネイロ（2006年）、北京（2007年）と過去3回の展示の様子と今回のヴェネツィアでの準備の様子がモノクロ写真で紹介されています。<br />
<br />
渦を巻いて立ち上る水蒸気は、内部が透明な管のような状態になっている様子が、ほんの数秒はっきり知覚できたかと思うと、次の瞬間には輪郭を失い始めています。まさに「雲散霧消」という感じでしたが、またすぐに濃い蒸気が立ち上って、しっかりと「何かの通り道」のようなものを形作り、教会内で見ると「魂が天へ立ち昇っている」奇跡的な光景を目にしている気分にさせられます。<br />
<br />
平日は10時から18時ですが13時から14時半までは休憩で、また日曜日は9時からですが、11時から14時半までと長めの休憩があるので、見て回る順番のどこに組み込むかを事前に検討しておいた方がよいと思います。ほかの展示が月曜休みであるのに対し、火曜日が休みとなっている点も注意が必要です。<br />
<br />
「現実のヴェネツィア」展は、ナン・ゴールディンやフィリップ＝ロルカ・ディコルシア、渡邉博史を含む14名の現代写真家によるヴェネツィアの風景展です。<br />
<br />
渡邉博史さんは1951年札幌にお生まれで、現在カリフォルニアを拠点に活動されている写真家です。<br />
<a href="http://www.hiroshiwatanabe.com/" target="_blank">http://www.hiroshiwatanabe.com/</a><br />
<a href="http://en.wikipedia.org/wiki/Hiroshi_Watanabe_%28photographer%29" target="_blank">http://en.wikipedia.org/wiki/Hiroshi_Watanabe_%28photographer%29</a><br />
ヴェネツィア以外のシリーズも、黒が深く、正方形フォーマットによるかっちりとした写真が多いようです。<br />
<br />
いずれの写真家も個性的で、とても質の高い写真展だったと思いますが、個人的にはディオニシオ・ゴンザレス（Dionisio González）の現代版カナレットを思わせるパノラマ写真に眼福を感じました。<br />
<br />
<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/110608blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_110608blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="110608blog.JPG" /></a><br />
アニッシュ・カプーア「上昇」展（サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会）　2011年6月8日12時52分（晴れ時々曇り）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>ローマ・ヴェネツィア調査（７）イタリア館と中国館、蛙王（香港）、移動・記憶（マカオ）</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-08</link>
      <category>Biennale</category>
      <pubDate>Wed, 08 Jun 2011 16:22:02 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-08</guid>  
      <description><![CDATA[ヴェネツィア・ビエンナーレ第54回国際美術展調査の第5日目です。<br />
<br />
この日はサンタ・ルチア駅前から2番線に乗ってリアルトで下船し、古書店へ寄ってからアルセナーレへ向かいました。<br />
<br />
古書店の名前はエミーリアといいます。ヴェネツィア・ビエンナーレ第1回展からの図録を集める際に手伝ってくれた店です。その後も関連の出版物などを見つけると教えてくれます。<br />
<br />
アルセナーレも3日目。2枚貰っていた招待券も使い切っていたので入口で入場券を買おうとしたら、記者用の招待券は今日（7日）まで有効との説明を受けました。一昨日ジャルディーニのスタッフに確認した情報と違っています。人によって言うことが違うのもヴェネツィア・ビエンナーレではよくあることです。「念のため」という行動様式さえ自分が身につけていれば問題ありません。<br />
<br />
アルセナーレでは、先ずクリスチャン・マークレイの《時計》の12時前の映像を見ました。ちょうど正午を迎える場面は、いろいろな映画でも盛り上がるところのようで、複数の映画の流れを次々に切り替えながら見せる密度の濃い映像になっていました。また12時を越えたあとの場面では、物語も弛緩する様子が見られ、この作品を部分的に見るなら、この正午の部分は見所のひとつであると思われます。<br />
<br />
今年のイタリア館は、イタリア半島の国家的統一から150周年を記念して、約200人の著述家、詩人、映画監督、思想家に美術家の推薦を依頼した企画展「美術はコーサ・ノストラではない」を開催しています。<br />
<br />
企画者ヴィットリオ・スガルビ（Vittorio Sgarbi）が図録に寄せた文章の一部を紹介すれば、「美術は病院になった。そこには医者と患者の関係者しか行く理由がない。世界から切り離された巨大な「療養施設」というべきで、健康な人々は偶然でもない限り訪れない（Art has become a hospital, to which only doctors and the patients' relatives have access. A grand "sanatorium," cut off from the world, and not visited by healthy people unless by chance.）」（図録、386頁）とかなり挑発的です。<br />
<br />
1人のキュレーターが選んだ大勢の美術家によって構成される国際企画展に対する代案として、約200人によって選ばれた200名近い美術家たちの展覧会を構成した、といった具合のようです。<br />
<br />
つまり「コーザ・ノストラではない」という展覧会タイトルも、一部のキュレーターや美術の専門家が美術界をあたかも牛耳っているような状況を否定しているものと考えてよいでしょう。<br />
<br />
キュレーターや美術評論家には頼まず、著述家や思想家に依頼したのも「社会を見つめる眼」としての役割をあえて美術界の外に求めた、ということのようです（記者資料より）。<br />
<br />
キャプションの代わりにみかん箱くらいの大きさのちょっと存在感のある木の箱が作品の下に置かれており、Times New Romanのような強弱のあるアルファベットで推薦者の名前が先に示され、その後にコロン（：）をはさんでゴシック体で美術家の名前が大きく印字されています。<br />
<br />
作品名やサイズなどの情報は小さな紙に手書きで書かれて箱に貼られていましたが、記載のないものもあり、また、3段掛けの展示の下や立体作品では、作品のサイズと照らし合わせないと作品と箱との対応関係がわからない場合が多く、大人数からなる展覧会をうまく運営できていない様子が感じられました。<br />
<br />
作品の内容も私見では「玉石混淆」で、記者資料によれば「イタリア国内の20の美術学校の協力を得て実現した」という一文も見られるので、卒業して間もない、若い美術家たちの作品が多かったのでしょう（6/8追記：実は、そうでもないみたいです。今回、アルセナーレ北側のダルセナーレ・グランデを渡った向こう岸に「アカデミア館」が設けられており、美術学校の学生の作品はそこで展示されていました）。<br />
<br />
それでも中には、マウリッツィオ・カテランやミケランジェロ・ピストレット、エンツォ・クッキなどの作品もあり、また推薦者の中にはジャン・クレールやリンダ・ノックリンなど美術関係者の中でも大御所の名前も見られました。<br />
<br />
クレールはパオロ・ヴァロールズ（Paolo Vallorz）という具象絵画の画家を、ノックリンはヴァネッサ・ビークロフトを推薦しています。<br />
<br />
また、「コーサ・ノストラではない」という企画趣旨を補強するため、会場の一部にシチリアのサレーミにある「マフィア美術館」の出張展示を実現してもいます。<br />
<br />
さらに海外の89のイタリア文化機関と連携して会期中リアルタイムで映像を送ってもらったり、国内では各地域の代表作家による展覧会の開催を依頼し、後日それらをまとめて1,000人以上の美術家から成る1,500頁の記念図録の刊行を予定しているなど、記者資料には盛りだくさんな記念事業が紹介されています。<br />
<br />
各地域で開催されるそれぞれの展覧会もまた「イタリア館」だ、ということですので、アルセナーレに実現したイタリア館の展示は150周年を迎えたイタリア文化事業の氷山の一角に過ぎない、ということになるでしょう。<br />
<br />
スガルビの「健康な人々は美術展に来ない」という挑発は、桁外れに大量の観客を動員しているビエンナーレの図録に書かれる言葉としては的を外した表現だったと思いますが、おそらくあえて問題提起的な意図をもって書いたのでしょう。<br />
<br />
美術関係者以外と美術を結びつける今回の試みは、相応の混乱も見られますが、2004年の光州ビエンナーレで試みられた「観客参加（Viewer-Participant）」にも似て、美術の「民主化」について考えるための材料のひとつとして、評価できると思いました。<br />
<br />
<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/110607blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_110607blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="110607blog.JPG" /></a><br />
イタリア館「美術はコーサ・ノストラではない」展の会場風景　2011年6月7日14時44分（雨）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>ローマ・ヴェネツィア調査（６）アルセナーレ第7室からイタリア館まで</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-07</link>
      <category>Biennale</category>
      <pubDate>Tue, 07 Jun 2011 16:51:08 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-07</guid>  
      <description><![CDATA[ヴェネツィア・ビエンナーレ第54回国際美術展調査の第4日目。<br />
<br />
サンタ・ルチア駅前から41番線に乗って、アルセナーレで水上バスを降りました。<br />
<br />
入口すぐのマーティン・クリードの《作品番号160―明滅する照明（Work No. 160, The lights going on and off）》は、2種類の照明が交互に入れ替わる作品ですが、昨日は稼動していませんでした。<br />
<br />
またこの日にも、アシエル・メンディサバル（Asier Mendizabal）の《無題（ベンタ・ハンディ）（Untitled(Benta Handi)）》の照明が点いていなかったり（彫刻の影を壁に投影する作品）、ダニ・ガル（Dani Gal）の《夜と霧（Night and Fog）》の上映が一向に始まらなかったり、エラッド・ラスリー（Elad Lassry）の《無題（幽霊）（Untitled(Ghost)）》のフィルムが熱で変形して上映できなくなっていたり、クララ・リデンの《無題（ごみ箱）（Untitled(trashcan)）》の部屋の照明が点いていないため、単にごみ箱がたくさん並んでいる、展示とは無関係の部屋のような雰囲気になっていたり、と「不手際」が多く見られました。<br />
<br />
作品数が多いことと、会期が始まったばかりでスタッフが慣れていないためだろうと思います。それぞれ帰り道には本来あるべき状態になっていました。<br />
<br />
アルセナーレの会場は、L字を左に90度回転させたような建物で、最初に長い展示室のつながりを11室分進んで、突き当たりで左に曲がってさらに8室ほど見るようになっています。国際企画展「イルミネーションズ（照明／国家群）」は第1室から第14室まで、第15室以降は、サウジアラビア館、アルゼンチン館、インド館などの国家館です。<br />
<br />
東西に長い第1室から第11室までの展示室群の突き当たりに、国際企画展部門金獅子賞クリスチャン・マークレイの《時計》が展示してあります。同作品は、モノクロからカラーまで、さまざまな映画から「時計」が出てくる場面を時間順に編集して24時間分にしたものです。上映されているのは会場が開いている10時から18時までの分で、例えば私が見たのは12時半と、閉館前の17時40分頃でしたが、手元の時計と、映画に出てくる時計の時間が一致していました。時計の場面から時計の場面まで、それぞれの映画の内容を部分的に見ることができます。<br />
<br />
授賞式で、「クリスチャン・マークレイの《時計》は間違いなく記念碑的作品だ」というコメントがなされていましたが、実際に作品を見て納得させられました。それぞれの場面を探し出す作業と、それらを「分」ないし「秒」単位の正確さで編集する作業は大変なものだったでしょう。<br />
<br />
字幕はなく、英語やフランス語などが聞き取れましたが、例えば日本の映画なども入っているのか気になります。しかし、8時間分（それでも同作品全体の3分の1）を全部見通してみる、という考えは魅力的ではあるものの、短い滞在期間とまだまだ調査していない市内の国別展示や併催展のことを思うと、現実的な選択肢ではありません。<br />
<br />
いつか日本で、24時間上映が実現することに期待したいと思います。<br />
<br />
またネット上で、24時間リアルタイム上映が行われれば、数日かけて全部を見通すことが可能かも知れません。しかしながら、この作品については、パソコンの画面で見るのと、スクリーンで見るのとでは、感じる印象や体験の質の上で大きな差が出てくるようにも思えます。<br />
<br />
この日はほかに、ジョヴァンニ・ボローニャの《サビニの女たちの略奪》をろうそくで作って火を点け、会期中徐々に像が溶けてしまう様子を見せるウルス・フィッシャー（Urs Fischer）の《無題（Untitled）》がその巨大さにおいて圧巻だったと思いますし、逆に小さいながら、ドガの踊り子の彫刻の複製を左右逆のものと2体作って、鏡合わせのように並べたライアン・ガンダー（Ryan Gande）の《視界の外（すべてを私自身で）（Out of sight(All on my own)）》も、とても魅力的に見えました。<br />
<br />
また、クロアチア館で展示されていたアントニオ・G・ラウアー（別名トミスラフ・ガトヴァッチ）（Antonio G. Lauer a.k.a. Tomislav Gatovac）の《家族の映像 I, II（Family Film I, II）》も、なかなか良い作品です。<br />
<br />
入口の壁に「注意：あからさまな性的内容です（Warning / Avviso: Explicit sexual content / Contenuto sessuale esplicito）」の表示がなされていました（後で気がつきました）が、性的な映像（無音声）でありながらも、印象としてはタイトルの通り「家族」の親密な雰囲気に溢れていて、好感のもてる作品でした。ほかの鑑賞者も顔をしかめるというより、笑みがこぼれる、といった様子で見ていました。商品化された性的映像の対極にある映像という印象を得ました。<br />
<br />
1971年の《I》が6分、73年の《II》が10分。この作品も機会があったら全部通して見てみたい、と思います。<br />
<br />
<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/110606blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_110606blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="110606blog.JPG" /></a><br />
国際企画展部門の金獅子賞 クリスチャン・マークレイ《時計》　2011年6月6日17時38分（雨）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>ローマ・ヴェネツィア調査（５）エジプト館以降とアルセナーレ第6室まで</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-06</link>
      <category>Biennale</category>
      <pubDate>Mon, 06 Jun 2011 15:58:26 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-06</guid>  
      <description><![CDATA[ヴェネツィア・ビエンナーレ第54回国際美術展調査の第3日目。<br />
<br />
サンタ・ルチア駅前から水上バスの2番線に乗りましたが、バスはジャルディーニまで行かずにサン・マルコ広場で降りることになりました。ゴンドラ競技のため、通行止めになっていたのです（6/13追記：どうやら2番線にはもともとサン・マルコ止まりの急行バスがありました。勘違いだったかも知れません）。<br />
<br />
赤や緑、青、黄色、ピンク、白など色とりどりに塗られた9艘のゴンドラが、サン・マルコ広場の前でしばらくの間列を整えていたかと思うと、10時35分頃、鐘楼の鐘の音が鳴り止まないうちに一斉にスタートし、あっという間にサン・ジョルジョ・マッジョーレ島の沖合いまで漕ぎ進んで、洋上の小さな斑点になりました。ほんの2, 3分の出来事です。<br />
<br />
ヴェネツィアはたびたび訪れていますが、いつもビエンナーレを見るばかりで、こうしたイベントはチェックすらしていません。素敵な偶然でした。<br />
<br />
<br />
ジャルディーニでは2枚目の招待券で入場し（あとで確認したところ、1枚の券でジャルディーニとアルセナーレが1回ずつ入場可能ということでした。6/8追記：そしてさらに後日、実は1枚の入場券で4日から7日まで有効であったことがわかりました。）、エジプト館、ヴェネツィア館、ポーランド館、ルーマニア館、ギリシア館とオスカー・トゥアゾン（Oscar Tuazon）のパラ・パヴィリオン、ジャルディーニ出口横のカフェ「パラディーゾ」をタイ館に変えたナヴィン・ラワンチャイクンの《ナヴィン天国》を見て、アルセナーレに向かいました。<br />
<br />
パラ・パヴィリオンは、国際企画展「イルミネーションズ（照明／国家群 ILLUMInations）」のキュレーター、ビーチェ・クーリガー（Bice Curiger）の新しい試みです。トゥアゾンや宋冬（ソン・ドン）、フランツ・ヴェストなどの美術家に展示空間（プラットフォーム）の構成を依頼して、その中や周りに他の美術家の作品を展示しています。まだ3例しか見ていませんが、フランツ・ヴェストが周りの壁を自分の作品で飾り立てた小部屋の中で、ダヤニタ・シン（Dayanita Singh）の《夢村（Dream Villa）》のカラー写真のスライドを見る体験は、世界観がまったく異なる美術家の組み合わせという点で大変面白いものでした。<br />
<br />
外壁はヴェストの作品で埋め尽くされてはいても、内側の壁は真っ黒に塗られており、しかも入り口の壁とスライドが上映されている奥の壁は途中で角度が変えてあって、2つの連続する部屋を奥へと進む感じがあり、外界から遮断されている感覚が一層強まります。そうした内と外とが明解に区別されている上で、片やだらしなくちょっと汚い感じのオブジェやドローイング（ヴェスト）、片や端正で美しいカラー写真（シン）が1つの展示空間を構成している様子は、双方の特質を際立たせ、想像もしない「調和」の感覚を生み出していました。<br />
<br />
日曜日の会場は各国から集まった美術関係者や記者が発ったあとで、結構静かでした。<br />
<br />
<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/110605blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_110605blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="110605blog.JPG" /></a><br />
フランツ・ヴェストのパラ・パヴィリオン　2011年6月5日16時22分（晴れ）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
        <item>
      <title>ローマ・ヴェネツィア調査（４）イギリス館からセルビア館まで</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-05</link>
      <category>Biennale</category>
      <pubDate>Sun, 05 Jun 2011 16:02:47 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-05</guid>  
      <description><![CDATA[ヴェネツィア・ビエンナーレ第54回国際美術展調査の第2日目。<br />
<br />
ジャルディーニに着くと、入り口で記者用の招待券を配っていました。前の日に記者事務所で入手済みでしたが、念のため新たに貰って入場しました。<br />
<br />
最初に昨日飛ばしたイギリス館へ。すでにかなりの列が出来ており、中に入るまで40分ほど待ちました。入口の係に尋ねたところ、上限が50名で出た人数分だけ入れる、という仕組みだそうです。<br />
<br />
イギリス館の美術家はマイク・ネルソン（Mike Nelson）。展示館の内部をかなり大掛かりに改築した作品《雑誌―ビュユク・ヴァリデ（偉大なる母）・ハン（Magazin: Büyük Valide Han）》は、2003年の第8回イスタンブール・ビエナリで発表されたインスタレーションの再構成で、17世紀の隊商用の建物の再現と図録に説明されています。<br />
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個人的には前回のロシア館の展示の一部に、似たようなちょっとおどろおどろしい感じの部屋の再現があったことと、2001年のドイツ館が建物全体を迷路のように作り変えた住宅風のインスタレーションだったことが思い出されて目新しくはありませんでしたが、それでも独特の風情があるというか、近代化の過程で取り残されたり、埃をかぶったままになった世界が呈示されているような雰囲気は、小さい頃住んでいた家のことを思い出させられるようなところがあって好感を持ちました。生まれたときから割りと新しい家に住んでいる人や、若い世代にはまた違った感じ方があるだろうと想像します。<br />
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2009年の第6回アジア太平洋現代美術トライエニアルで、中国人の美術家がダム工事のために水の底に沈む運命の古い民家を3件分まるまる移設していたのも思い出されます。ただし、同作品は外から眺めるもので、中をめぐるようにはなっていない点が違います。また2006年の第6回光州ビエンナーレでも、母親が溜め込んだスーパーのビニール袋や入れ物、靴、洋服など累々たる生活雑貨を、家の大きさ（小ささ）を示す柱などの枠組みと一緒に再現した作品を見た記憶があります。<br />
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記憶の中で5つほど作品がつながったので、これらを1つの「系譜」として捉え、いつかそれぞれの違いについてちゃんと調べて論じてみたいと思います。<br />
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30分ほどかけて見たあと、イギリス館のデスクで地図を入手しました。イギリス館で配布されているアートアップデイト・コム（artupdate.com）の地図は、市内の各展覧会会場の場所が正確に記されているので、ヴェネツィア・ビエンナーレ巡りの必須アイテムと言えます。ガイドブックの裏表紙内側も市内地図になっていますが、正確に表示するには小さすぎるようですし、アートアップデイト・コムの地図と場所の指示が違っているものもあります。どちらが正しいか現時点ではわかりませんが、両方あるにこしたことはないと思います。<br />
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12時頃、授賞式がありました。国別参加部門の金獅子賞はドイツ館、国際企画展部門の金獅子賞はクリスチャン・マークレイ（Christian Marclay, 1955- 米国）の《時計（The Clock）》、若手美術家へ与えられる銀獅子賞はハルーン・ミルザ（Haroon Mirza, 1977- 英国）と発表されました。そのほか、リトアニア館とクララ・リデン（Klara Lidén, 1979- スウェーデン）に、審査委員特別賞のような位置づけが与えられました（The Jury has also decided to assign two Special Mentions）。<br />
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チェコ＋スロバキア館、イスラエル館、デンマーク館、ルーマニア館、ブラジル館、オーストリア館など、その後回った展示のいずれも魅力的でしたが、この日一番見応えを感じたのはアメリカ館でした。<br />
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「栄光（Gloria）」と題して、ジェニファー・アローラとグイラーモ・カルザディラ（Jennifer Allora & Guillermo Calzadilla）による新作6点が展示されています。<br />
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正面入り口を入って左右それぞれの部屋に展示されている《航空機内の身体（Body in Flight）》は、デルタ航空とアメリカン航空の座席を再現した立体作品ですが、それぞれ15分ずつ、体操選手がそれらの座席を鞍馬のように使ってパフォーマンスを披露していました。<br />
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また屋外には、逆さまに設置された戦車の上にルームランナーが据えつけてあります。この作品でもパフォーマンスが披露され、走者がルームランナー上で走るとキャタピラが轟音を立てて回転する仕組みになっていました。<br />
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体操選手も走者も胸や肩に「USA」の文字がプリントされた衣装を着ていて、国家の栄光とは何か、という問いを想起させられます。戦車が後退する方向にキャタピラが回転していたことに安堵し、現実もまたそのように変わっていくことへの願いを強くしました。<br />
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<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/110604blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_110604blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="110604blog.JPG" /></a><br />
ジェニファー・アローラとグイラーモ・カルザディラ《陸上競技（Track and Field）》　2011年6月4日13時48分（晴れ）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
          </item>
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      <title>ローマ・ヴェネツィア調査（３）中央館からフランス館まで</title>
      <link>http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/2011-06-04</link>
      <category>Biennale</category>
      <pubDate>Sat, 04 Jun 2011 16:54:46 +0900</pubDate>
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      <description><![CDATA[ヴェネツィア・ビエンナーレ第54回国際美術展の調査の第1日目。<br />
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まずはアルセナーレの奥、テッセ（Tesse）にある記者事務所へ行って記者証を手に入れます。6/1-3の3日間有効な記者証と図録の割引券、プレスキット、そして土日にも会場に入れるように招待券を1枚貰うことができました。<br />
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記者事務所には、各展覧会主催者が記者資料を置いている棚があります。そこから一通り資料を入手し、図録とガイドブックを購入。すでにそれだけで手提げ袋2つ分です。<br />
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数えてみたら、国別参加展の資料が30件、併催展の資料が20件、その他が17件で合計67件分ありました。主にプレスリリースですが、スペインとギリシアはプレスキットで、併催展の「アートスウェイ」と「グラストレス」、「モンテベッロ」は小さな図録、また、その他の中には「ヴェニューズ（:venews）」や「オーストリア・クリエイティヴ（Austria Creative）」のような雑誌が含まれています。<br />
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これらの入った袋を下げて、もう1つの主会場ジャルディーニへ。<br />
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入り口の手荷物預かり所に荷物を預けて、カメラとガイドブックのみ持って会場へ入ったのは11時頃でした。<br />
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普段は18時までですが、内覧会中は特別に19時まで開けていたようです。<br />
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中央館（旧イタリア館）から見始めて、オランダ、ベルギー、スペイン、スイス、ベネズエラ、ロシア、日本、韓国、ドイツ、カナダと端から順に見て回り、閉園直前でもまだ列ができていたイギリス館を飛ばしてフランス館を見て、1日目の調査を終えました。<br />
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この間、各国別展示館で入手する図録などもかなりの量で、特にドイツ館とカナダ館は、かなり厚めの図録を販売していました。<br />
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日本の展示は束芋さんの「てれこスープ（Teleco-soup）」、映像インスタレーションです。入り口の以外の3面に連続性のあるイメージを上映し、それらの映像の間を合わせ鏡を使って反復させながら全体を1つに連結していて、大変見応えのある作品でした。<br />
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スイス館のトマス・ヒルシュホルン（Thomas Hirschhorn）「抵抗の結晶（Resistance of Crystal）」、ドイツ館のクリストフ・シュリンゲンズィーフ（Christoph Schlingensief）「フルクサス聖譚曲（Fluxus Oratorio）」も徹底して作り込まれたインスタレーションで、圧倒されます。<br />
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中央館の展示では、ティントレットの《聖マルコの遺体の運搬》、《最後の晩餐》、《動物の創造》の3点を展示した部屋が、やはり強い印象を残しました。前々回にジグマール・ポルケの大作を並べていたのを彷彿とさせます。<br />
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中央館の各展示室の天井には、マウリツィオ・カテランの作品《他者たち（Others）》で、無数の鳩の剥製や作り物の鳩が並べてありましたが、「反復の効果」で、中央館を出たあとも、しばらくは各国館の展示を見ながら、つい天井に鳩が並んでないか、上を見上げる癖が直りませんでした。<br />
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<a href="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/110603blog.JPG" target="_blank"><img src="http://art-groove.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_459/art-groove/m_110603blog.JPG" width="350" height="262" border="0" align="" alt="110603blog.JPG" /></a><br />
中央館（旧イタリア館）のファサード 企画展のタイトル「ILLUMInations」を書いたジョシュ・スミス（Josh Smith）の作品　2011年6月3日11時8分（晴れ/曇り）<a name="more"></a>]]></description>
      <author>Hermit</author>
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      </channel>
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