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千葉市美・Bunkamura ザ・ミュージアム [Art]

今年の年末年始は久しぶりに群馬で過ごしています。

27日に山口を発って、東京に1泊。
千葉市美術館で1/29まで開催中の「瀧口修造とマルセル・デュシャン」と、Bunkamura ザ・ミュージアムで3/14まで開催される「フェルメールからのラブレター展」を見学しました。

「瀧口修造とマルセル・デュシャン」展では、デュシャン、瀧口修造、そして瀧口修造周辺の美術家たちの作品を見ることができました。

オブジェとしての本の存在感にこだわった瀧口の展覧会らしく、白くて小ぶりな図録は両手に心地よく収まる素敵な仕上がりでした。

2004年に国立国際美術館の中之島移転後の開館記念を飾った「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展、2005年に世田谷美術館 ほかで開催された「瀧口修造―夢の漂流物」展の内容を踏まえつつ、その後の研究成果を紹介するような内容でした。


Bunkamuraの「フェルメールからのラブレター展」は、修復・洗浄後の世界初公開となった《手紙を読む青衣の女》(アムステルダム国立美術館、アムステルダム市寄託)のほか、ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵の《手紙を書く女》、ダブリンにあるアイルランド・ナショナル・ギャラリー所蔵の《手紙を書く女と召使い》の3点のフェルメール作品を目玉とする展覧会です。

展示室を特別に作りこみ、照明にも気を使った展示で、9か月前にワシントンで見たばかりの《手紙を書く女》も格段に神々しく見えました。

他方、修復と洗浄については、考えさせられるものがありました。

私たちが目にしているものが「現代の技術に支えられた過去」に置き換えられつつあることを思うと、複雑な気分になります。

引き続き考えてみたいと思いました。

神戸・横浜調査(2) [Biennale]

午前中は、「AOBA + ART2011」を見学し、午後は横浜美術館で開催された国際シンポジウム「美術館と国際展ーその可能性」を聴取しました。

「AOBA + ART2011」は、ヨコハマトリエンナーレ2011の「連携プログラム」です。
美しが丘3丁目の公園や個人宅を利用した野外美術展で、ちょうど最終日に間に合ったかたちになりました。
2008年に開始され、10年間継続することを目標に取り組まれています。

AOBA + ART2011
http://www.aobaart.com/news/

池田光宏さんの《青葉食堂》は、その日の夕飯のメニューを小さな黒板に書いて家の前に飾ってもらうプロジェクトで、それぞれに工夫を凝らしたイラスト付きのメニューに、住民の方々が楽しんで参加されている様子が感じられました。

あるお宅で、たまたまお話しができ、最初8件から徐々に参加する家が増えていったということも伺いました。

日曜日の午前中だったので、人々の生活の様子などもちらほらと目にすることとなり、郊外のニュータウンでの生活について思いをめぐらしたりしました。


「美術館と国際展―その可能性」もヨコハマトリエンナーレ2011の事業です。
ヨコハマトリエンナーレ2011 国際シンポジウム 横浜トリエンナーレは100年続くインフラを作れるか?「美術館と国際展―その可能性」
http://www.yokohamatriennale.jp/news/4402.html

カーネギー・インターナショナルの歴史についてカーネギー美術館学芸員のダニエル・バイヤースさんが、台北バイエニアルの歴史について張芳薇(チャン・ファンウェイ)さんが紹介し、欧州と中東のビエンナーレ事情についてヨコハマトリエンナーレ2011アーティスティック・ディレクターの三木あき子さんが視察の報告をされたのち、休憩を挟んでリヨン・ビエンナーレについてリヨン現代美術館館長のティエリー・ラスパイユ氏の発言を記録したヴィデオが上映され、ヨコハマトリエンナーレ2011総合ディレクター逢坂恵理子さんの司会でパネルディスカッションが行われました。

「横浜トリエンナーレは100年続くインフラを作れるか?」という問いかけが大変刺激的ですが、カーネギー・インターナショナルが1886年から続いていることを下敷きにしたものだと思われます。

ダニエルさんのご発表は、同館の館長の交代を区切りとして、カーネギー・インターナショナルの歩みを紹介するものでとても要領の良い紹介になっていました。ディスカッションの終了後、参考資料を教えて欲しいとお願いしたところ、

Vicky A. Clark, International Encounters: The Carnegie International and Contemporary Art, 1896-1996, (Carnegie Museum of Art, 1996).

という本にこの日にスライドで紹介した図版なども載っているとのことでした。

早速、美術図書館横断検索およびWebcatで国内の所蔵状況を調べて見ましたが、残念ながらヒットがなく、アマゾンで調べてみると古書で11,436円のものが1件だけ表示されました。

米国のサイトAlibrisで12,623円、AbeBooksで$145.00。こんなときは円高が有り難く感じられますが、送料を加算した金額を円換算してみるとアマゾンより高くなる見込みなのでやめました。また、half.comで$107.96の表示もありましたが、サインアップは米国内の居住者に限られているようで断念し、結局最初に見たアマゾンのものを注文しました。

カーネギー・インターナショナルについては図録を数冊集めていますが、まだ実際に見たことがないので次回の開催時には必ず見に行きたいと思っています。


希望者には2010年10月2日に開催された「キックオフミーティング」の記録集も配布され、プレゼンやディスカッションの内容とも合わせて収穫の多い出張となりました。

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横浜美術館でのパネルディスカッションの様子 2011年10月23日15時45分(外は曇り)

神戸・横浜調査(1) [Biennale]

神戸ビエンナーレ2011を見学しました。

神戸ビエンナーレは、2007年から数えて3回目。

今回は、コンテナ・アート公募展の会場として過去2回主会場と位置づけられていたメリケンパークを使用せず、09年の前回から加わった「兵庫県立美術館」以外に、ハーバーランドの「ファミリオ会場」と「キャナルガーデン会場」、地元ではモトコーと略されている「元町高架下会場」、そして「ポーアイしおさい会場」(ポーアイは、ポートアイランドの略)と、会場編成が刷新されていました。

この日は運悪く「雨」でしたが、「ファミリオ会場」、「キャナルガーデン会場」、「元町高架下会場」を見学することができ、それぞれ屋根があるのでその点で助かりました。

観客にとっては天候に左右されず見学でき、また作品管理の観点からは濡れた傘の持ち込みを避けられるという意味で、ファミリオのように空きビルとなった商業施設を活用することには積極的な意味が多いと思いました。

ファミリオは今年1月31日に残っていたほとんどの店舗が閉店し、1階および地下1階の一部以外(同施設は地下2階、地上5階建て)が閉鎖されていました。

神戸新聞|経済|ファミリオのテナント大半が撤退 ハーバーランド
http://www.kobe-np.jp/news/keizai/0003776008.shtml

空きビルとなった商業施設のビエンナーレ会場としての転用は、2008年の釜山ビエンナーレに例があります。

また、前橋に新しくできる市立美術館も近い発想と言えます。

神戸ビエンナーレには、残りの全スペースをビエンナーレ会場として活用するくらい発展して欲しいとも感じました(今回使用しているのは、地下2階、2階、3階の合計3フロアでした)。

東北関東大地震の被災者とのワークショップの様子を展示している会場では、「ふつうの生活にもどりたい」、「もっといろんなことを知って、よく考えていかなきゃと思いました。できることから頑張ります」、「アンパンマンのように強く、優しくありたい!! ゆっくりでいい 無くした物を取り戻そう」といったメッセージが心に染みました。

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ハンド・ツリー・アート・プロエクト会場風景 2011年10月22日14時1分(外は雨)

東京・中之条・前橋・横浜出張(4) [Art]

黄金町バザール2011を見学しました。

2008年から毎年開催されており、今年が4回目になります。

横浜トリエンナーレと同時期の開催は2008年の前回と2011年の今回で2回目。

「やはりトリエンナーレと同じ年の方が盛り上がっています」というスタッフの声も聞かれました。


八番館で展示されていた雨宮庸介さんの作品に添えられた文章が秀逸でした。

「黄金町バザールとは何か」といった哲学的な問いに、一人の美術家の立場から真摯に向き合っている様子が伝わります。

体液とカビの臭いがまざったような空気をなるべく吸い込まないように、呼吸が半分になる、といった自らの生理的な反応を客観的に見つめ直した文章に感服し、3.11以後の日本に生きている「現在」の自分にどんな表現が可能なのかという問いと重ねて、黄金町で表現することについて思索している様子に深く共感しました。

“戦後すぐに建てられた進駐軍専用の連れ込み宿だった”という竜宮美術旅館内部の様子などはとてももの悲しく感じられます。

しかしまた、同じ旅館の2階に展示されていた松澤有子《ひかりを仰ぐ》には、そうした哀しい歴史を浄化するような静けさと強さが感じられ、心打たれました。

中之条ビエンナーレの会場を歩いていたときの気分とはまったく異なる、対極にあるといってもいいくらいの街歩きでした。ちょうど、サンティアゴ・デ・チリの中心部から離れた地区で、塗装が剥げて自動車の粉塵まみれになった商店の並ぶ前を歩いていたときの感覚と似ていました。日曜日だったこともあり、かなり多くの来場者で賑わっていましたが、そうした人々が行き交う目立つ場所に生ゴミが散乱してもいました。日本にも南米みたいな地域があった、という認識が胸を刺しました。

黄金町バザールが街を再生し、新生させていく様子を引き続き見守りたいと思います。

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竜宮美術旅館 2011年10月2日13時30分(晴れ)

東京・中之条・前橋・横浜出張(3) [Art]

臨江閣で今日(10/2)まで開催の「数寄者たち―琳派以後の方法2011―」を見学。

今年から3年間、「社会システム<芸術>とその変容」(研究代表者:長田謙一・首都大学東京教授)の研究グループで、私が研究したいと考えている「グローカル・システム」についての研究調査の一環です。

14時からは企画者の福田篤夫さんとトーク・イベントのパネリストも務めました。

福田さんとは、約10年前に宇都宮のギャラリー・イン・ザ・ブルーでも一度対談形式で話をしたことがあったのですが(2001年5月5日)、今回のトーク終了後、2人で「お互い変わらないね」という一番いいかたちの感想を持つことが出来ました。

この場合、10年経って「お互い変わらない」というのは、その10年間同じペースで倦まず弛まず変化してきたということだと私は思います。10年間というのは意外に大きくて、変わり続けていなかったとしたら、「(勢いのあった)あの頃と同じ人ではなくなったな」という感想にならないとも限りません。

10年前にはかなり「刷新された」システムも、10年間墨守していたために魅力のないものになってしまった、という話題もイベントのあとに出ました。刷新し続けなければならないのですよ。。

イベントには、高崎在住の岡本健彦さんご夫妻、前橋在住の白川昌生さん、前橋美術館準備室の辻さんも来てくださり、作家のお2人からはそれぞれコメントも頂戴できて、会場には「輪が広がっていく」空気感がありました。

ご来場頂いたすべての皆さまにあらためて心より感謝申し上げます。

本当に有り難うございました。

ざっくばらんに、本音で、本質的な問題について話せる場というのは、なかなかうまく実現しないものです(山口のYICAの例会にはそれがありますが。私は今回、普通にそういう場が身近にあることの有り難みを深々と実感しました)。

福田さんが、(いい意味で)周りと衝突しながら、摩擦を引き起こしながら、30年の長きにわたって、本音で語り、本心から楽しんで活動してきたことが、そうした場の創出の土台になっているのだとも思い至りました。

福田さん、またやりましょう!

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「数寄者たち―琳派以後の方法2011―」会場(手前は高山登氏の作品) 2011年10月1日13時2分(晴れ)

東京・中之条・前橋・横浜出張(2) [Biennale]

江戸東京博物館を後にして、上野駅へ。

駅構内の「まぐろ一代」さんで、もどり鰹など6カンほど食して、18時29分発通勤快速前橋行きに乗って、高崎で20時28分発の吾妻線へ乗り換え、21時28分中之条着で、山木屋旅館さんに泊まりました。

入口ではからくり人形がお出迎え。夜はちょっとぎょっとします。
山木屋旅館さんは当地で200年以上続いている老舗とのこと。

旧式の自動販売機は、千円札を野口英世から夏目漱石に交換してもらっての購入に。
なかなか楽しいお宿です。朝食もたっぷり。空心菜の甘辛煮が珍しかったかな。

さて、中之条ビエンナーレの調査です。

駅周辺のエリアは10時から13時まで約3時間でだいたい見て回れました。

中田木材も旧廣盛酒造も、かなり見応えがありました。
通運倉庫の小原典子《Lotus Land - Nakanojo》も素敵なインスタレーションだったと思います。
ガイドブックの図版から受けるイメージとはいい意味で違っています。実作の方が格段にいいです。

大道公民館に見たい作家の作品が展示されているので、タクシーを1時間半借り切って、約13km離れているという伊参エリアの北の端まで行きました。メーター払いだったらきっと心臓に悪かっただろうな、と思えるくらいいくつものカーヴを曲がり、坂道を登ったり降りたり、行けども行けども着かなかったのは、スリリングな体験でした。予想以上に遠く感じました。

辿り着いた大道公民館では、お目当ての水野暁さんの絵のほかに、高田純嗣さんの迫力ある《Lycoris》、大石麻央さんのシュールな《最後の晩餐》、小山幸子さんの瞑想的な雰囲気のある《フィルター》など、はっとさせられる作品を多く見ることができ、とても満足できました。

帰り道には水野さんからお薦め頂いた旧五反田学校も見学でき、全部の会場は回れずとも中之条ビエンナーレの雰囲気はしっかり掴めたのではないかと思えました。

中田木材の会場で偶然にも高崎市美術館館長の巣山健さんとお会いすることができ、いろいろ貴重な情報を頂けたり、通運ビルで実行委員の前嶋さんとお話させて頂けたことも、今回の調査の内容を豊かにしてくれたと思います。好天にも恵まれて、感謝感謝の1日でした。

夕方は前橋へ。
ミニギャラリー千代田で開催されている連続レクチャー「美術をかたる」に参加させて頂き、館林美術館館長・染谷滋さんによる「金子英彦と群馬NOMOグループ」を聴講することができました。

前橋市美術館構想の成功を願わずにはいられません。

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水野暁《Rebirth - 果樹について-》 2011年9月30日13時46分(晴れ)

東京・中之条・前橋・横浜出張(1) [Art]

久しぶりに、ビエンナーレの調査で出張です。
この間、横浜トリエンナーレの内覧会、UBEビエンナーレの開幕式等もありましたが、出張中にブログを書く時間がなく、そのままになってしまっています(横浜は1泊、しかも翌日早朝に帰山でしたし、宇部は2日間参加しましたが、いずれも日帰りだったので)。いつか追加できるかも知れません。

東京では、
まず丸善で、後期の講読用テキストを選び(高階絵里加『異界の海』にしました)、赤坂見附へ行ってニューオータニ美術館で「北斎とリヴィエール」展を見、九段下へ移動してイタリア文化会館の「ジョルジョ・ヴァザーリのウフィツィ」を見学。茅場町で電車を降りてギャラリー・マキに行ってみましたが残念ながら「和田勉」展は金・土のみだったらしく、すぐに両国へ急いで「ヴェネツィア展」を見る、というスケジュールでした。

「世界遺産 ヴェネツィア展」は、江戸東京博物館から、12月には名古屋市博物館、来年3月からは宮城県美術館、5月には愛媛県美術館、7月からは京都文化博物館、そして最後10月から広島県立美術館と1年以上をかけて国内を巡回する企画展ですが、カルパッチョの《二人の貴婦人》が展覧されるのは東京会場だけなのです。

会場は平日の夕方だったためか思いの外空いていて、じっくり鑑賞できました。

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江戸東京博物館 2011年9月29日16時56分(晴れ)

豊澤一『近世日本思想の基本型―定めと当為』 [Book]

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豊澤一『近世日本思想の基本型―定めと当為』(ぺりかん社、2011年3月)
今年3月で山口大学人文学部を退職された豊澤先生より頂戴いたしました。大変勉強になりました。有り難うございます。

2002年4月に山口大学に赴任した私は、同年11月刊行の『山口大学哲学研究』第11巻に掲載された、豊澤先生の「研究ノート 山口の討論について(二)」を目にして以来、いつかこのようにまとめて読む機会のあることを、それと気づかず待っていたのかも知れません。

一部分ではなく、その全体像を知りたい、という欲求が奥底にあったのだと思います。

正にそうした欲求が満たされた思いが読後感です。思い返せば10年近く伏在していた関心の芽でした。そうした小さな芽にも、光があたり、水が与えられて、いくらばかりか葉の大きさを広げることができたことを幸せに感じています。

本書は、二部構成になっています。第Ⅰ部では、「正直」や「天道」、「曲者」などの言葉に込められた意味を、近世の思想・用法に即して読み解くことで、現代の私たちの日本語感覚、さらには近代以降の日本人の価値観、社会観、人生観との違いを明らかにしています。また第Ⅱ部でも、「道」や「恕」、「帰太虚」、「信」などの読解が示されますが、各論文が最終的に究明しようとしているのは、近世における学問とはいかなるものだったのか、そしてそこから「学ぶとはどういうことか」という、近世・現代の別を超えた根源的な問いではなかったかと思います。

初出一覧を見ると、各章を成している論文が書かれた年は、第Ⅱ部に収められているものが1980年代を中心としていて、やや古く(但し、第7章は2007年)、第Ⅰ部の論文が2000年代のものが中心(第1章は1999年の論文と2002年の研究ノートより成る)といった違いがあります。

どのような構想のもとで2部に分けられたのか、各部に先行する「序」を置かない本書については、例えば上述のように、各自で読み解くことが期待されているのだろうと思います。

副題の「定めと当為」についても、著作の奥底に潜り込んで考えるよう促されているように思われます。

さしあたって今、私が理解しているのは、おそらく「定め」は、第Ⅰ部第3章で語られている「天道」をその一例とするもので、日本近世全般にわたるより広い概念として「定め」と言い換えられているのだと推測します。

武田信玄と勝頼一族の消長を記録した『甲陽軍鑑』を基に読み解かれる「天道」は、人間を超えたものであり、人々に「果報」や「貧報」を付与するものとして紹介されています(73頁)。この章では、天道のめぐみは公平でもなく、また永続的なものでもない、という意識に裏打ちされた思想が読み解かれています。

「当為」については、具体的に言及している箇所が見つかります。「伊藤仁斎の『道』」と題された第Ⅱ部第2章で、「一見奇妙に思われるのは、『道』に『当に行くべき』当為性を認めながら、しかもまた、『自然にして然り』と述べる点である。…(中略)…仁斎の『道』が意志的に行うべき何らかの当為性を帯びていることは明かである。」(141頁) この章では、人間存在に先行する「人道」や、仁斎の思想全体を支えている「天命」について語られています。

そして、有限な存在としての人間が、無窮の存在である道に近づくための手段として学問が要請される、という道理が示されます(151頁)。

このように振り返ってみると、副題の「定めと当為」は、「学問」を生き方それ自体として切実に要請する近世の思想的要件を表わしていると考えられます。

近世日本思想史について門外漢である私の読みですから、以上はまだ通り一遍のもので、これからさらにしばらくの時間をかけて、少しずつ本書の内容について納得していきたいと思っています。

本書を読んでいる間、豊澤先生の授業風景を思い浮かべつつ、楽しい時間を過ごしました。

そうした時間と、これからの課題とに、今一度心からの感謝を申し上げます。有り難うございました。

(藤川哲)

白川昌生『西洋美術史を解体する』 [Book]

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白川昌生『西洋美術史を解体する』(水声社、2011年)
著者からご恵送いただきました。白川先生、有難うございます。

「あとがき」に、著者の5冊目の本になると紹介されています。
確認も兼ねて出版年順に列記すると、

1. 白川昌生『美術、市場、地域通貨をめぐって』(水声社、2001年)
2. 白川昌生『美術・マイノリティ・実践―もうひとつの公共圏を求めて』(水声社、2005年)
3. 白川昌生『美術・記憶・生』(水声社、2007年)
4. 白川昌生『美術館・動物園・精神科施設』(水声社、2010年)
5. 白川昌生『西洋美術史を解体する』(水声社、2011年)

ほかに、編著で
6. 白川昌生(編著)『日本のダダ―1920‐1970』(書肆風の薔薇、1988年、増補版:水声社、2005年)

また、共著に、
7. マルク・ダシーほか『村山知義とクルト・シュヴィッタース』(水声社、2005年)
8. 松浦寿夫ほか『フィールド・キャラバン計画へ―白川昌生2000‐2007』(水声社、2007年)

があります。

こうして確認してみると、21世紀に入って以降、白川さんが大変旺盛な執筆活動を続けていらっしゃることがわかります。

上記のうち、私は学生時代に『日本のダダ』を書店で見つけて自分の書棚に並べ、大学へ職を転じる頃『美術、市場、地域通貨をめぐって』を買って読み、そして約10年ぶりにこの新刊を読む機会に恵まれた、という流れで白川さんの著作を読んできました。

前橋を拠点に活動されている白川さんは、私が群馬県立近代美術館の学芸員として務めていた頃、展覧会を見たり、お話を伺ったりした美術家です。

今年2月に、群馬県立近代美術館の岡本健彦展の会場で再会したご縁で、今回最新の著作をお送りくださったのでしょう。どうも有り難うございます。

今、1冊目の著作も手元に持ってきてみて、読み終えたばかりの最新刊と並べて見ていますが、その間の10年間の思索の軌跡を思わずにはいられません。

本来なら、ほかの3冊も読んでこの記事を書くべきだったかも知れません。しかしそうした考えを押し進めれば、上に挙げたすべての著作に目を通してから、ということにもなる訳で、今日のところは第1著作と最新刊を読んだ上での感想、という立ち位置から書きたいと思います(いつか他の著作も読む機会があることを念じて)。

第1著作『美術、市場、地域通貨をめぐって』の読後感は、白川さんが現代美術家として、これからどこに向かわれているのか、という展望と、白川さんの美術観の背景を成している他の思想家、評論家等の著作群を知ることができて良かった、といったものでした。

現在ある美術市場とは別のかたちで、現代美術が成立する場を作り出して行こうとされている白川さんが、当時各地で実践されていた「地域通貨」の考え方に関心を寄せ、またご自身の活動に組込まれていることを読み取ることができましたし、この著作には註がありませんが、冒頭に引用されるフィッツジェラルドの『ギャラリーゲーム』に始まり、ブルデュー、マックス・ウェーバー、モース、バタイユ、レヴィ=ストロース、ベンヤミンなどの海外の著述家のほかに、若林直樹や高階秀爾の名前を文中に見つけることができます(無論、ほかにもまだまだたくさん登場します)。

これらの著述家のうち、最新刊でもバタイユ、モース、ベンヤミン、ブリュデューが再登場し、日本人では高階秀爾の著作からの引用が紹介されています。

ただし、第1著作では高階秀爾の著作は典拠として用いられていたのに対し(42-43頁)、最新刊では、引用部分を批判的に読み解いて、現在では乗り越えられるべき見解として紹介されている点が異なっています(128頁)。

また、白川さんの第1著作で紹介されている若林直樹の著作は『退屈な美術史をやめるための長い長い人類の歴史』(1999年)で、今回の著作『西洋美術史を解体する』と同じ主題を響かせていると感じられます。

これもまた「あとがき」からですが、今回の著作は、「学生たちから何か教科書になるような本がないだろうかという相談をうけたこと」から始まったと説明されています。

私は、第1著作以来、あるいは同書が刊行される以前から、白川さんが学生たちに語り続けてきたことが、ひとつのかたちを成したものだと今回の著作を受け止めました。

それは、端的に言うなら、「世の中で学ばれている美術史とは異なる美術史、現代社会に生きている私たち(日本人、あるいは非欧米圏の人間)がリアルに感じることのできる美術史」ではないか、と思います。

フィリップ・フックの『印象派はこうして世界を征服した』から引用された、中東のある国の首長がモネの作品を買うくだりは、グローバルな現代における「美術」をめぐるリアリティを示す好例だと思います(98-100頁)。

若林さんの著作に先行して、1994年に富山妙子ほか著『美術史を解き放つ』が時事通信社から刊行されています。これも解体(≒解き放つ)を主題とした本です。

白川さんの最新刊『西洋美術史を解体する』は、日本で10年以上の歳月をかけて求められてきた「よりリアルな美術史」が、その新たな段階として、「学生向けの教科書」として書かれた道標的な著作であると思います。

(藤川哲)

ローマ・ヴェネツィア調査(11)サン・セルヴォーロ島と残りの各国館と企画展 [Biennale]

ヴェネツィア・ビエンナーレ第54回国際美術展調査の最終日です。

この日調査した市内の展示は19。国別展示を中心に回りました。

まわった順に番号をつけて記載しておきます。

01. ローマ館「参考人招致(Call the Witness)」
02. キューバ館「わが愛しきキューバ(Cuba mon amour)」
03. シリア館「発展(Evoluzioni)」
04. アンドラ館「幻影を超えて(Beyond Vision)」
05. ポルトガル館「舞台装置(Scenario)」
06. サン・マリノ館「作動=中の/不能の光(Luce In-azione)」
07. 春徳(チュン=テ)の盛宴「(Le Festin de Chun-Te)」
08. ブルガリア館「世代の絆(Bond of Generation)」
09. ルーマニア「ルーマニア文化の解決―資料展示(Romanian Cultural Resolution - documentary)」
10. ヤン・ファーブル「ピエタ」
11. バルディンガー「ティント・コル・レット(ティントレット/正確な着色)」(Baldinger:TintoCORretto)
12. チベット館
13. ラトヴィア館「人工的な静けさ(現代の風景)」(Artificial Peace (Contemporary Landscape))
14.「開かれた美術―色彩の交響(Artouverture - Symphonie de couleurs)」
15. マケドニア館「跳躍(LEAP)」
16. グルジア館「あらゆる=媒体=何であろうと(Any-Medium-Whatever)」
17. カーラ・ブラック(Karla Black)
18. メンロン「暗闇」(Menglong-Darkness)
19. リトアニア館「白いカーテンの背後(Behind the White Curtain)」

10から12と14は、正式なビエンナーレ参加企画ではありません。

しかし、10のヤン・ファーブルの展示は2007年、09年、11年とこれまでに3回連続してビエンナーレの期間に開催されてきており、すでにビエンナーレ恒例の展示になってきた気がします。

最後にたどり着いたリトアニア館は、審査委員特別賞に類するものが与えられた展示です。

ダリウス・ミクシュス(Darius Mikšys)によるプロジェクトで、観客はカーテンの後ろに保管してある作品から好きなものを選んで、カーテンの手前、つまり展示の側に運んできてもらうことができます。作品は何点選んでもよく、自分の思いのままの展覧会を構成することが可能です。

これらの作品は20年間にわたってリトアニア政府が助成した現代美術家300人の中から同プロジェクトに賛同した作家のうち、借用可能だった作品群173点で、会場には400頁を超える分厚いカタログが置いてあり、観客がそれを見て作品を選ぶという趣向になっています。

国家が文化政策を通じて「キュレーション」してきた現代美術を再構成してみる、という考え方は、ヴェネツィア・ビエンナーレの国別参加部門の展示としていかにもふさわしく思えました。

毎日展示が変化するため、1日に数回展示の様子を記録撮影しているとのことで、会期終了後にどのような記録集が刊行されることになるのか、今から楽しみです。

総じて、今回ビエンナーレの審査委員会が発表した賞は、どれも納得感のある作品や展示が多かったように思われます。

ヴェネツィア・ビエンナーレ第54回国際美術展の現地レポート(最後の2回分は、ホテルのネット環境がダウンしたり帰国前日であっため帰国後に公開)は、これで終わりますが、機会があれば、また後日、記者資料や展覧会図録をじっくり読み込んで、1つずつレポートしたいと思います。

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リトアニア館「白いカーテンの背後」(スクオーラ・サン・パスクワーレ) 2011年6月11日17時38分(雨のち晴れ)
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